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知らなかった、ぼくらの戦争
 [歴史・地理・民俗]

知らなかった、ぼくらの戦争
  
アーサー・ビナード/編著
出版社名:小学館
出版年月:2017年4月
ISBNコード:978-4-09-388508-9
税込価格:1,620円
頁数・縦:255p・19cm
 
 
 2015年4月~2016年3月に放送された、文化放送の「アーサー・ビナード『探しています』」という番組の中で、戦争体験を語ってくれた23名のインタビューを採録し、加筆・修正したもの。
 日系人あり、有名人あり、市井の人あり、また、地域的にもアメリカ、東京名古屋広島、長崎、沖縄と、インタビュイー選びの幅の広さが際立っている。
 出版時点での物故者も数名いる。だからこそ、いま聞いておかなければ、という著者の思いが伝わってくる。
 また、アメリカ人でありながらアメリカ政府の姿勢を批判的に解釈する姿勢も本書の重要な視点と言える。
 
【目次】
第1章 「パールハーバー」と「真珠湾」と「真実」
 マリは蹴りたしマリはなし(栗原澪子)
 「空母は何隻いたのか?」(原田要)
 あの日からぴたりと白人客は来なくなった(リッチ日高)
 ミシガンのセロリ畑で聞いた「無条件降伏」(浜坂米子)
 生まれた集落の名前は「鯨場(くじらば)」(鳴海冨美子)
 
第2章 黙って待っていたのでは、だれも教えてくれない
 まだあげ初めし前髪の乙女たちは毒ガス島で働いていた(岡田黎子)
 「君は狭間という日本語を知っているか」(飯田進)
 それでもくたばるのはイヤだから(西村幸吉)
 硫黄島は墓場である(秋草鶴次)
 十五歳で日本海軍特別年少兵(西崎信夫)
 
第3章 初めて目にする「日本」
 「外地」は一瞬にして「外国」となった(ちばてつや)
 「日本という国が本当にあった!」(宮良作)
 「疎開」の名の下に「うっちゃられた」(平良啓子)
 
第4章 「終戦」は本当にあった?
 八月十五日は引っ越しの日?(三遊亭金馬)
 ストロボをいっぺんに何万個も(大岩孝平)
 昼飯のだご汁をつくり始めたら(松原淳)
 津々浦々に投下されていた「原爆」(古内竹二郎)
 
第5章 一億総英会話時代
 GHQは東京日比谷で朝鮮戦争の業務を遂行(篠原栄子)
 公園はすべてを見てきた(小坂哲瑯)
 流れに「のっていく」ぼくらの今と昔(高畑勲)
 
【著者】
ビナード,アーサー (Binard, Arthur)
 詩人。1967年、アメリカ・ミシガン州生まれ。ニューヨーク州のコルゲート大学で英文学を学び、1990年の卒業と同時に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞、『日本語ぽこりぽこり』(小学館)で講談社エッセイ賞、『ここが家だ―ベン・シャーンの第五福竜丸』(集英社)で日本絵本賞を受賞。
 
【抜書】
●隔離(p39)
〔 一九四〇年代の初め、多くの日系人はまじめに働き、それぞれの地域社会に貢献しながら日々、白人とも黒人ともラテン系とも中国系の人々とも触れ合っていた。そうすると「ジャパニーズも人間なんだなぁ」と、みんな日常生活の中で確認することになる。そんな状況がつづけば、焼夷弾で日本人を万人単位で焼き殺すような作戦は喜ばれず、非難されかねない。ましてや無防備の民間人に原子爆弾を投下するなんて、支持を得られる行為ではまったくない。
 だからこそ日系人を癌細胞のように扱い、アメリカ社会からさっさと摘出したのだろう。
 だれも彼らの人間性に触れることができないように、荒れ地のキャンプに閉じ込めて隔離したわけだ。一九四一年から大々的に始まった「ジャップ」を蔑むプロパガンダのネガティブキャンペーンにも、そんな狙いが透けて見える。〕
〔いずれにせよ、アメリカと日本の関係を考える際、アメリカ政府が日系人に対して行ったことを外してはならないと思う。今までそれが外されてきて、日米の歴史は盲点だらけだ。〕
 
●Little boy、Fat man、Pumpkin(p198)
 Little boy……広島に落とされたウラン弾。ウラン弾は、この1発だけであった。
 Fat man……長崎に落とされたプルトニウム弾。
 Pumpkin……Fat manと同型の爆弾。1万ポンド(5トン)爆弾。長崎に原爆を落とす前に、実験として日本各地30都市に49発が投下された。
 
(2017/5/13)KG
 
〈この本の詳細〉


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