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理化学研究所 100年目の巨大研究機関
 [自然科学]

理化学研究所 100年目の巨大研究機関 (ブルーバックス)
 
山根一眞/著
出版社名:講談社(ブルーバックス B-2009)
出版年月:2017年3月
ISBNコード:978-4-06-502009-8
税込価格:1,015円
頁数・縦:238p・18cm
 
 
 2017年は、理化学研究所が設立100周年を迎えた。その歴史を振り返りつつ、最先端の研究現場をレポート。
 
【目次】
第1章 113番元素が誕生した日
第2章 ガラス板の史跡
第3章 加速器バザール
第4章 超光の標的
第5章 100京回の瞬き
第6章 スパコンありきの明日
第7章 生き物たちの宝物殿
第8章 入れ歯とハゲのイノベーション
第9章 遺伝子バトルの戦士
第10章 透明マントの作り方
第11章 空想を超える「物」
 
【著者】
山根 一眞 (ヤマネ カズマ)
 ノンフィクション作家。1947年東京都生まれ。獨協大学国際環境経済学科特任教授、宇宙航空研究開発機構(JAXA)客員、理化学研究所相談役、福井県文化顧問、日本生態系協会理事、NPO子ども・宇宙・未来の会(KU-MA)理事、3・11支援・大指復興アクション代表などを務める。
 
【抜書】
●高峰譲吉(p47)
 高峰譲吉(1854-1922)……理研設立の牽引役。工学・薬学博士。1890年(明治23年)渡米。消化剤のタカジアスターゼと、副腎髄質から分泌されるホルモンのアドレナリンの製造法の開発者。「日本が生んだ偉人の一人」。
 米国時代の経験から、「これからの世界は理化学工業の時代になる。日本が理化学工業によって国を興そうというのであれば、その基礎である理化学の研究所を設立する必要がある」と熱く説いた。
 当時の日本の工業は欧米の模倣で成り立っており、独創性に乏しかった。日本でも、欧米に負けない大規模な理化学の基礎研究所を作るべきだと訴えた。
 日本を代表する科学者たちと構想を煮詰め、実業家や三井、三菱などの財閥から資金を集め、さらに国庫から補助金を得る法整備もなされた。
 1917年(大正6年)3月20日、駒込に4万平方メートルの土地を得て、財団法人理化学研究所として発足。
 
●大河内正敏(p48)
 大河内正敏(1878-1952)……1921年、42歳の若さで理研研究員から所長に抜擢された造兵学者で貴族院議員。第一次大戦が終結、その戦後不況で資金難に直面。2本柱からなる大胆な理研改革を断行。
 (1)研究室制度……すべての研究員に同等の権限を与えて自由な研究ができるようにする。14の研究室が新設された。
 (2)研究成果の産業化……理研で生まれた特許や実用新案をもとにした企業を数多く設立し、特許実施料を収入源として研究費に充てる。成功例は、抗生物質ペニシリンとアルマイト。
 アルマイト……アルミニウムは空気に触れると薄い酸化膜が自然にできる。非常に薄く微細な穴がい開いているため(多孔質)、汚れや傷がつきやすい。鯨井恒太郎、瀬藤象二、宮田聰らのグループは、「実験の失敗」によって、無数の穴が開かない表面処理法を発明する。理研は、特許を関連業界に提供する一方、理研アルマイト工業を起業。弁当箱の素材として人気を集める。また、その技術は、印刷や機械工具、建材などでも欠かせないものとして、現在に至る。
 
●主任研究員制度(p58)
 大河内は、1922年、それまでの物理学部と化学部からなる制度を廃止、「主任研究員制度」を発足させる。今に至るまで続いている理研の伝統、主流。研究者が独立して自由に研究室を運営できるシステム。研究テーマを自由に選べ、予算や人事の裁量権も持つ。研究室は一代限り。新しい分野を常に開拓していこうという精神の表れ。
 
●仁科芳雄(p60)
 原子核物理学者の仁科芳雄(1890-1951)は、1937年と1944年、2台のサイクロトロンを完成させた。
 岡山県出身、東京帝国大学の電気工学科を卒業、理研に入ったのち、英国、ドイツに留学し、最新の量子力学などを学ぶ。さらに、デンマークの原子物理学者ニールス・ボーア(1885-1962年。1929年にノーベル物理学賞受賞)の研究室で5年間を過ごした。
 敗戦により、2台のサイクロトロンは「原子爆弾製造施設」と誤認され、GHQによって解体・廃棄させられる。
 
株式会社科学研究所(p63)
 1946年、仁科が所長に就任。GHQによる「過度経済力集中排除」、いわゆる財閥解体指令により、解散させられる。しかし、仁科の尽力により、「株式会社科学研究所」として生き延びる。事業の柱は医薬品。ペニシリンやストレプトマイシンの製造販売などを行う。かつて不治の病だった結核は、ストレプトマイシンの登場によって治る病となった。
 1958年、特殊法人理化学研究所が設立、戦前の理研を引き継いで再スタート。初代理事長は、長岡半太郎の子息である長岡治男。歴代の所長、理事長で、唯一事務系出身。三井不動産の常務取締役などを歴任したビジネスマン。
 
●特定国立研究開発法人(p70)
 2015年4月、松本紘(ひろし:宇宙科学工学者、元京都大学総長)が理事長に就任、全く新しい組織として再発足する。物質・材料研究機構、産業技術総合研究所とともに、「特定国立研究開発法人による研究開発等の促進に関する特別措置法」により、2016年10月、「特別国立研究開発法人」となる。
 
(2017/6/3)KG
 
〈この本の詳細〉


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