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信長と弥助 本能寺を生き延びた黒人侍
 [歴史・地理・民俗]

信長と弥助 本能寺を生き延びた黒人侍
 
ロックリー・トーマス/著 不二淑子/訳
出版社名:太田出版
出版年月:2017年2月
ISBNコード:978-4-7783-1556-6
税込価格:1,944円
頁数・縦:263, 16p・19cm
 
 
 イエズス会の宣教師アレッサンドロ・ヴァリニャーノが日本に帯同し、信長に贈られた「黒人侍」弥助の数奇な人生を、限られた数少ない資料を基に推理する。
  
【目次】
第1章 日本上陸と信長との謁見
第2章 弥助の経歴を紐解く
第3章 現代に伝わる弥助伝説
第4章 弥助が生きた時代
第5章 弥助はどこから来たのか
第6章 信長の死後の弥助
第7章 弥助の生涯を推測する
付録 第一章「日本上陸と信長との謁見」に関する補足史料
 
【著者】
ロックリー,トーマス (Lockley, Thomas)
 日本大学法学部専任講師。研究分野は言語学習。担当教科は歴史で、特に国際的視野に立った日本史を扱う。イギリス出身、日本在住。
 
不二 淑子 (フジ ヨシコ)
 翻訳家。早稲田大学第一文学部卒。
 
【抜書】
●非ヨーロッパ世界(p99)
〔 しかし、たてつづけに出版が続いたあとは、黒人侍の逸話は三百年間忘れ去られてしまったようである。二十世紀前半に日本が強国となり、その国際的影響力が非白人国の中で突出したとき、日本国内で非ヨーロッパ世界と再びつながろうとする動きが起こり、白人帝国主義の犠牲者である黒人に対しても親しみを持つようになった。第一次世界大戦前に〈脱亜入欧〉というスローガンを掲げていた時期の反動とも言える流れだった。第二次世界大戦直前の日本は、当時の西欧社会がけっして日本人を同等とは見なさないことを認識し、考えを改めたのだった。この新しい波が起こった結果、弥助の逸話のように半分忘れ去られていた話の多くにスポットが当てられ、非ヨーロッパ世界との国際協調を促すために利用された。
 ここで忘れてはならないのは、日本が第二次世界大戦に参戦した大義名分は――最終的にどういう結果になったにせよ、また戦後に歴史がどう捉えたにせよ――、ヨーロッパ列強の植民地支配からの脱却だったという点だ。二十世紀初頭には世界中の何百万もの人々がこのメッセージを信じ、日本の方策を支持するにせよしないにせよ、そこから何かを感じ取っていた。その中には、ガンジー、中国最後の皇帝溥儀、孫文、スカルノ、アウンサン[ビルマの独立運動家。アウン・サン・スーチー氏の父親]といった著名人や、それほどではないアジアやアフリカの独立運動の指導者たちもいた。今日ではほとんど忘れられているが、日本軍には日本国内の日本人だけでなく、台湾と朝鮮の植民地部隊や中国と満州の志願兵、遠く離れたインドの反植民地主義者の同盟軍も含まれていた。また、二十世紀初頭には、欧米列強による統治と支配を終わらせてアジア人のためのアジアを築くという汎アジアの夢の名のもとに、中国やフィリピンで起こった独立運動に参加して死ぬまで戦った日本人志願兵もいた。〕
 
●カスティーリャ王国(p156)
 15世紀のイベリア半島は、カスティーリャ王国がポルトガルを除く全地域を支配していた。
 ポルトガルは、かろうじて独利した王国を維持していたが、中世の封建制度から中央集権的な君主制へ移行しつつある貧しい発展途上国に過ぎなかった。キリスト教国とは友好関係を保ち、北アフリカのイスラム教国とは聖戦を行っていた。そのため、ポルトガル船は、母国から遠く離れた港に向かうようになった。交易によって経済を発展させるため、海洋船を建造、アフリカ沿岸を目指す。喜望峰を通過し、インド洋まで到達、東洋の香辛料や富への道を開いた。ただし、この事実は国家機密。他のヨーロッパ諸国がモロッコ以南のアフリカ西海岸に何があるのかを知るのは、15世紀終盤、スペイン国王の支援を受けた探検隊が遠征に乗り出すようになってから。」
 
●アレッサンドロ・デ・メディチ(p173)
 ルネッサンス期のイタリアには、自由民のアフリカ人もいた。奴隷が市民権を得て自由民となることもあった。アフリカ人自由民によるコミュニティもあった。
 バチカンには、主要なアフリカ諸国の大使館があり、アフリカ人大使が駐在した。
 アレッサンドロ・デ・メディチは、「ムーア人」というあだ名で呼ばれ、アフリカ人奴隷の女性の子供と言われていた(真偽不明)。1530~1537年、フィレンツェ公を務めた。
 
●アビシニア(p184)
 16世紀ごろのエチオピアは、複数の部族が競合していたが、最古の部族の名を取って一般にアビシニアと呼ばれていた。
 南インドでは、5世紀以降、アビシニアの硬貨が頻繁に発見されており、当時からアビシニア人が商人や船乗りとしてインドを訪れていた。
 キリスト教国のアビシニアは、周囲のイスラム国やアニミズム信仰国に囲まれ、紛争が絶えなかった。サハラ以南のアフリカでもっとも国家としての体裁を整えた国だったが、安定を欠いていた。
 
●ディンカ族(p187)
 南スーダンには、世界で一番平均身長が高い部族、ディンカ族が住んでいる。牛飼いであり、勇猛な戦士。エチオピア人、エリトリア人、ソマリ人よりも黒い肌をしている。
 
(2017/6/25)KG
 
〈この本の詳細〉


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