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オープンダイアローグとは何か
 [医学]

オープンダイアローグとは何か
斎藤環/著+訳
出版社名 :医学書院
出版年月 :2015年7月
ISBNコード :978-4-260-02403-7
税込価格 :1,944円
頁数・縦 :205p・21cm


 オープンダイアローグとは、フィンランドの西ラップランド・トルニオ市にある精神科病院ケロプダス病院で、ユバスキュラ大学教授のヤーコ・セイックラ博士を中心に行われている、統合失調症の治療法である。その理論と実践、効果などを、博士の論文を中心に紹介する。

【目次】
オープンダイアローグとは何か(斎藤)
精神病急性期へのオープンダイアローグによるアプローチ(Jaakko Seikkula)
精神病的な危機においてオープンダイアローグの成否を分けるもの(Jaakko Seikkula)
治療的な会話においては、何が癒やす要素となるのだろうか

【著者】
斎藤 環 (サイトウ タマキ)
 1961年岩手県生まれ。岩手県出身。筑波大学医学研究科博士課程修了。医学博士。爽風会佐々木病院・診療部長を経て、筑波大学社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、「ひきこもり」問題の治療・支援ならびに啓蒙。漫画・映画・サブカルチャー全般に通じ、新書から本格的な文芸・美術評論まで幅広く執筆。

【抜書】
●統合失調症(p13)
 統合失調症を一言でいえば、「自分と他者の境界があいまいになる病気」。
 自分の考えたことが”だだ漏れ”になったり(思考伝播、サトラレ)、他人の考えがどんどん入り込んでくる(思考吹入、幻聴)ような感覚を訴える。

●応答(p37)
 あらゆる発話は、応答を求めている。
 バフチン「言語にとって(すなわち人間にとって)応答の欠如ほど恐ろしいものはない」。
 私達は、モノローグ(独白)を脱してダイアログ(対話)を志向する存在である。

●包帯(p52)
〔 オープンダイアローグもまた、言葉を道具として用います。ただ、用いる方向性が精神分析とは真逆なのです。精神分析が言葉をメスとして用いるというのなら、オープンダイアローグは言葉を包帯として用いるのです。
 私が連想したのは「因幡の白ウサギ」の物語です。ワニザメを騙して怒らせてしまい赤裸に剥かれたウサギを癒してくれたのは、大国主神が勧めたガマの穂でした。比喩的に言うなら、むき出しになった患者の心に、無数の言葉でガマの穂のようにまとわせることで、「心の表皮」が回復するのです。〕

●浦河べてるの家(p61)
 1984年、北海道浦河町に設立された精神障害当事者の地域活動拠点。
 生活共同体であり、ケアの共同体であり、職場でもある。病気を単に治療するという視点からとらえず、あるがままを受け入れて暮らす。
 三度の飯よりミーティング……ことあるごとにメンバー同士で集まり、病気や生活についてミーティングを開く。ダイアローグと類似。
 幻覚&妄想大会……毎年開催される「べてるまつり」で行われる。

(2015/10/29)KG

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読んだら忘れない読書術 精神科医が教える

読んだら忘れない読書術

樺沢紫苑/著
出版社名 :サンマーク出版
出版年月 :2015年4月
ISBNコード :978-4-7631-3450-9
税込価格 :1,620円
頁数・縦 :251p・19cm


 著者が薦める三つの読書術とは、「アウトプット読書術」「スキマ時間読書術」「深読読書術」である。
 「アウトプット読書術」とは、本を読んだら1週間に3度のアウトプットをする、というもの。それは、読みながらマーカーを引いた部分を再読したり、その本について感想を書いたり、他人に話したり、何でもよい。アウトプットすることで、本の内容を記憶に定着させる。
 「スキマ時間読書術」とは、1日の空いた時間を利用して読書をすること。通勤・通学中の時間でもよいし、人との待ち合わせ時間でもよい。人間の集中力が続くのは15分だから、1日のうち、こまめに15分ずつの読書を積み重ねれば、かなり効果的な読書ができるはずだ。
 「深読」とは、「講義できる水準」で読め、ということ。本を読んでもその内容を人に説明できなければ意味がない。読む時間が基準となる「速読」でも「精読」ではない。読書の質が問題なのである。
 以上の三つの「読書術」を核に、さまざまな観点から、著者独自の読書論を展開する。

【目次】
第1章 なぜ、読書は必要なのか?読書によって得られる8つのこと
第2章 「読んだら忘れない」精神科医の読書術3つの基本
第3章 「読んだら忘れない」精神科医の読書術2つのキーワード
第4章 「読んだら忘れない」精神科医の読書術超実践編
第5章 「読んだら忘れない」精神科医の本の選択術
第6章 早く、安く、たくさん読める究極の電子書籍読書術
第7章 「読んだら忘れない」精神科医の本の買い方
第8章 精神科医がお勧めする珠玉の31冊

【著者】
樺沢 紫苑 (カバサワ シオン)
 精神科医、作家。1965年、札幌生まれ。1991年、札幌医科大学医学部卒。2004年からシカゴのイリノイ大学に3年間留学。帰国後、樺沢心理学研究所を設立。メールマガジン「精神科医・樺沢紫苑公式メルマガ」など15万部以上を配信している。インターネット・メディアを駆使して、精神医学、心理学の知識や情報をわかりやすく発信している。

【抜書】
●扁桃体の興奮(p47)
 不安は、扁桃体の興奮によって起こる。鬱病は、長期にわたってストレスにさらされ、「扁桃体の興奮」のスイッチが持続的にオンになって戻らなくなった状態。
 「扁桃体の興奮」を鎮めれば、不安を減らせる。
 「言語情報」が脳内に入ってくると、扁桃体の興奮が抑制され、ネガティブな感情は静まり、気分も改善されて、決断能力も高まる。
 情報は人間の不安を和らげる。

●集中力(p119)
 高い集中力を維持できる限界は15分。
 普通の集中力が維持できる限界は45分。
 「45分」の間に少し休憩をはさめば90分の集中も可能。

●寝る前の考え事(p123)
 なる前に考え事をすると、朝になると解決法がひらめく。
 睡眠には、「頭の中を整理する」という役割がある。
 〔睡眠中に頭の中に乱雑に存在していた情報が整理されて、朝、目が覚めた瞬間に、問題解決法がぽんと浮かんでいるということがあるのです。〕
 追想法……「次に目が覚めたときには、問題の解決方法を思いついている」と強く念じて眠りにつく。すると、朝にひらめきが起きやすい。湯川秀樹や、トーマス・エジソンもこの方法を活用していた。

(2015/10/28)KG

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神社に秘められた日本史の謎
 [哲学・心理・宗教]

神社に秘められた日本史の謎 (歴史新書)

新谷尚紀/監修 古川順弘/著
出版社名 :洋泉社(歴史新書)
出版年月 :2015年2月
ISBNコード :978-4-8003-0536-7
税込価格 :929円
頁数・縦 :190p・18cm


【目次】
第1章 知っておきたい神社の基本
 神社のルーツはどこにあるのか?
 神社と神道はどんな関係にあるのか?
  ほか
第2章 古代編―大神社の誕生とランク付け
 神社はいつからあったのか?
 中国や朝鮮半島にも神社はあった?
  ほか
第3章 中世・近世編―仏教との不思議な関係
 なぜ全国に一宮と総社がつくられたのか?
 朝廷から特別な崇敬を受けた「二十二社」とは?
  ほか
第4章 近代・現代編―大きく再生する神社の姿
 何のために「神仏分離」が行われたのか?
 神社祭神が明治維新で変更されたのはホント?
  ほか
資料編 おもな神社の種類と信仰

【著者】
新谷 尚紀 (シンタニ タカノリ)
 1948年広島県生まれ。現在、國學院大学文学部および大学院教授。国立歴史民俗博物館名誉教授・総合研究大学院大学名誉教授。社会学博士(慶應義塾大学)。早稲田大学第一文学部史学科卒業。同大学院文学研究科史学専攻博士後期課程単位取得。

古川 順弘 (フルカワ ノブヒロ)
 1970年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。宗教・歴史をメインとするライター。

【抜書】
●稲作の普及(p3)
 BC10世紀後半、九州北部玄界灘沿岸地域で稲作が始まった。
 その後、稲作の伝播に、瀬戸内西部地域まで約200年、摂津・河内地域まで約300年、奈良盆地まで約400年、中部地域まで約500年、南関東地域まで約600~700年かかっている。
 東北地方北部には、BC4世紀頃、日本海側を北上して稲作が伝わったが、BC1世紀に放棄された。稲作は、山形から仙台を結ぶ線を北限として、それ以北には定着しなかった。
 稲作の普及に650年という長い時間がかかった理由は、稲作労働の過酷さが原因のひとつ。潅漑による水稲耕作には多くの人手が必要。 ⇒ 多くの人たちに対する統率力。
  ↓
 労働力を強制的に動員する権力とシステムが不可欠。古墳築造を支えた権力構造。
 古墳時代を超越していった7世紀の飛鳥時代の中央王権は、中国王朝の権力システムを導入、律令国家へ。
 天武・持統の時代は、「倭」から脱皮して「日本」が誕生。仏教寺院への信仰とはまた別に「神社」祭祀が国家的規模で整備されていく。
 神祭りの中心が稲の祭り。稲と米は権力と祭祀に密着したもの。政治の結晶としての歴史をその後も刻んでいく。

●神社の原型(p14)
 もともと、聖域にある巨岩や樹木に神霊を招いて神マツリが行われていた。
 磐座(いわくら)……神霊の依り代として祭祀の対象となった岩。
 神籬(ひもろぎ)……聖域に樹木や枝を立てて祭壇とした。
 磐境(いわさか)……岩や石を積み並べて作られた祭場。
 社(やしろ)……もともとは「屋代」。「屋」(神を迎える小屋、祭壇)そのものではなく、屋を建てるための区域。「マツリ」のときに簡素な神殿が仮設され、神マツリが行われた。原初の神社の姿。
 宮(みや)……御屋。神マツリがしばしば行われ、神霊の常在を願う人々の気持ちが高まり、ヤシロに常設の社殿が作られるようになった。 ⇒ ミヤ

●社殿(p22)
 拝殿……神を礼拝するための場所。通常の参拝者は、拝殿の前の賽銭箱の前で参拝する。拝殿での参拝は正式参拝(昇殿参拝)と呼び、初穂料を納め、神職によるお祓い・祝詞奏上をへて、神拝を行うのが一般的。
 幣殿……神々への幣帛(へいはく。供え物)や神饌などを神職が捧げ置く場所。一般参拝者はこのエリアに入ることはまずない。拝殿と一緒になっているケースも多い。
 本殿……正殿、神殿とも呼ばれる。ご神体を祀る場所。神社で最も重要な建物。社殿の奥にある。神職といえどもみだりに立ち入ることができない聖域。周囲を瑞垣(みずがき)で囲われ、禁足地となっている。山や巨岩をご神体とする神社は、拝殿のみで本殿がないところもある。

●摂社・末社(p23)
 摂社……本殿に祀られている神(祭神)と深い縁故のある神々を祀る社。
 末社……それ以外の神々を祀る社。本社より古くからその土地で祀られてきた神を祀っているところも多い。
 いずれも、境内にもあるものも、境外にあるものも存在する。

●古代豪族と氏神(p57)
 物部氏……石上神宮(奈良県天理市)/布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)
 蘇我氏……宗我都比古神社(奈良県橿原市)/曾我都(そがつ)神
 藤原氏……春日大社(奈良市)/天児屋根命
 安曇氏……穂高神社(長野県安曇野市)/穂高見神(ほたかみのかみ)
 阿蘇氏……阿蘇神社(熊本県阿蘇市)/健磐竜命(たけいわたつのみこと)
 多氏……多神社(奈良県田原本町)/神八井耳命
 大伴氏……住吉大伴神社(京都市)/天忍日命(あめのおしひのみこと)・道臣命(みちのおみのみこと)
 息長氏……山津照神社(滋賀県米原市)/山津照(やまつてる)神
 越智氏……大山祇神社(愛媛県今治市)/大山積(おおやまづみ)神
 賀茂氏(大和)……高鴨神社(奈良県御所市)/味鉏高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)
 紀氏……平群坐紀氏(へぐりにいますきのうじ)神社(奈良県平群町)/都久宿禰(つくのすくね)
 毛野(けの)氏……赤城神社(群馬県前橋市)/豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)
 佐伯氏……雄山神社(富山県立山町)/雄山神
 秦氏……松尾(まつのお)大社(京都市)/大山咋神(おおやまくいのかみ)
 宗像氏……宗像大社(福岡県宗像市)/宗像三神
 東漢(やまとのあや)氏……於美阿志(おみあし)神社(奈良県明日香村)/阿知使主(あちのおみ)

●神宮寺(p80)
 7世紀前半、舒明天皇によって、日本最初の官立寺である百済大寺(くだらのおおでら)が建立された 。
 7世紀末になると、神社に常設の社殿が建つようになる。朝廷を中心とした神社祭祀制度が確立。仏と神は競合関係。
 8世紀の奈良時代、神社の近辺にあえて寺院が建立されるようになる。気比神宮、若狭彦神社、伊勢神宮、鹿島神宮など。 ⇒ 神宮寺
 神宮寺……「神身離脱」を願う神々のため、建設された。所属する僧侶を社僧と呼ぶ。社僧の長が「別当」。近世には、神宮寺を別当寺とも呼ぶようになる。
 神身離脱……「神」を離脱して「仏」に達すること。仏教では、天界(天道)に「天」(デーヴァ)という神的存在がいると説く。天は、人間より高級だが、仏(如来)の境地には達していない。悩み苦しむ衆生の一。日本の神々はこの「天」の一種とみなされた。仏教に帰依して修行の段階にある存在。 ⇒ 神仏習合
 平安時代に、「宮寺(みやでら)制」が確立、神仏習合が各地に波及。神宮寺と神社が一体となり、半僧半俗の社僧が中心になって運営。別当・検校・上座などの階層ができ、時には神職の立場をしのぐようになる。岩清水八幡宮護国寺、八坂神社など。
 寺院鎮守神(ちんじゅがみ)……寺院の境内に神社を勧請して寺の守護神とするケースも現れる。

●官幣社、国幣社(p90)
 律令制度の下、朝廷に神祇官が置かれた。
 重要祭祀の際、都に集まった各地の官社の代表へ神祇官から幣帛(へいはく)を頒布する班幣制度が始まる。
 遠国の神社で、幣帛を受け取りに来ないところが現れるようになる。
 平安時代、官社を官幣社と国幣社に分ける。国幣社は、地元の国司から班幣が行われるよう、制度を改革。
 平安時代中期ごろから律令制度が解体、官幣・国幣の制度も形骸化、中央集権的な神社祭祀が衰退していく。
 その一方、国司による班幣は、各地の国司と地方の官社との結びつきを強める。地方の神社行政の権限は国司に大きくゆだねられるようになった。
 国司は、任地に赴くと、有力な神社を巡拝。巡拝する神社の順序によって、一宮、二宮、三宮、……、と呼ばれるようになり、一種の社格となる。
 惣社(総社)……国内の有力な神社の祭神を勧請してひとつの神社に祀る。六所神社など。惣社に参拝することで、神拝を済ませる。

●大元宮(p132)
 吉田兼倶(かねとも)……1435-1511。吉田家は、神祇官の次官を世襲した卜部氏の流れを汲み、神祇官が衰退しても、『日本書紀』をはじめとする古典と神祇故実に通じた神道の名家として公家や武家に重んじられる。吉田神道を創唱。吉田家は、神道の家元のような存在となり、神社界に君臨。
 1484(文明16)年、日野富子の援助により、京都の吉田山(京都市左京区)に大元宮(だいげんぐう)を造営。八角形の神殿に天神地祇・八百万の神を合祀。その後方には伊勢神宮、神祇官八神殿、全国式内諸社を祀る殿社が並ぶ。この「大元宮斎場所」は、吉田神道のシンボル。日本のあらゆる神々を一箇所に集めて祀った。
 吉田神道……元本宗源(げんほんそうげん)神道、唯一神道とも言う。全宇宙の根源である国常立尊(くにのとことたちのみこと、大元尊神だいげんそんしん)を主神とする。密教や陰陽道、道教など、さまざまな宗教の教理を取り入れている。「この唯一神道を正しく継承しているのは、吉田家のみである」。

●教派神道、神社神道(p162)
 教派神道……国家公認という形で布教活動が許可された「宗教」としての神道。出雲大社、伊勢の神宮教、天理教、黒住教なども含まれる。
 神社神道……一般の宗教から分離した、「教義」を伴わない、天皇崇敬と神社祭祀を中心として展開された神道。神道非宗教説。国によって管理されたので、国家神道とも呼ばれるようになった。

●靖国神社(p168)
 明治元年、幕末の尊皇派の殉難者と、戊辰戦争での官軍側の戦没者の霊を祀った招魂社を京都の霊山に設ける。
 明治2年、東京遷都にともない、官軍の全戦没者を祀る「東京招魂社」を九段に創建。6月に造営が始まり、わずか10日で竣工、6月29日に招魂式が行われる。
 明治12(1879)年、明治天皇の聖旨にもとづいて「靖国神社」と改称、別格官幣社に列格される。
 各地に建てられた招魂社は、靖国神社を総本社とするとされ、昭和14年、すべて護国神社と改称。
《特徴》
 1. 亡くなった人間をまとめて「神」として祀った(合祀した)。平成26年現在、246万6000余柱。
 2. 軍部が所管した。陸軍省・海軍省の共同管轄。一般の神社は内務省。
 3. 祭神の基準が変則的。当初は、明治維新前後の新政府側の「戦死者」が合祀の対象だったが、日清・日露後、民間人を含む戦没者全般に合祀の対象基準が拡大される。

●明治神宮(p172)
 明治天皇は、自身の遺詔により、京都の伏見桃山の御陵に埋葬された。
 崩御直後から、「東京に御陵に次ぐようなものを」という声が東京市民から上がり、渋沢栄一らの呼びかけで、明治神宮創建を国に請願。
 大正4年、明治神宮造営局が設置。
 代々木の南豊島御陵地が選定される。「代々木の原」と呼ばれるような草地だったが、全国から10万本に及ぶ献木と全国の青年団の労働奉仕によって整備された。
 〔今も鬱蒼と茂る緑豊かな「代々木の森」は、純然たる人工林なのだ。〕
 
(2015/10/24)KG

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人類五〇万年の闘い マラリア全史
 [医学]

人類五〇万年の闘い マラリア全史 (ヒストリカル・スタディーズ)

ソニア・シャー/著 夏野徹也/訳
出版社名 :太田出版(ヒストリカル・スタディーズ13)
出版年月 :2015年3月
ISBNコード :978-4-7783-1438-5
税込価格 :2,592円
頁数・縦 :378p, 44p・19cm


 マラリアと人類の壮絶な闘いの歴史を綴る。
 結局、人類は、50万年も前に出現したマラリアとの闘いに完全な勝利を収めてはいない。人間が免疫を発達させたり、薬剤を創り出したりして、一時的にマラリアを減少させたとしても、効果は長続きしない。それを上回る戦略を、巧妙な生命体であるマラリア側も編み出すからだ。特に薬剤は、不適切に用いられたり、乱用されたりすることで耐性のある新種を生み出し、さらなる蔓延を引き起こすこともありうる。
 では、どうすればよいのか? 本書ではその答えを明確には示していない。50万年も抗争を繰り返してきた難敵なのである。この先も50万年、付き合わなければならないということか?

【目次】
1 戸口にせまるマラリア
2 殺人鬼の誕生
3 激流の真っ只中へ
4 マラリアの生態学
5 薬物療法のつまずき
6 マラリアは宿命
7 科学的解決法
8 消えたマラリア―西洋からいなくなったわけ
9 スプレーガン戦争
10 新時代の闘い

【著者】
シャー,ソニア (Shah, Sonia)
 1969年、インド系移民の子としてニューヨーク市に生まれる。合衆国東北部と、親族が住むインドとの間を行き来しているうちに、両者間ならびにそれぞれの国家内に存在する不平等に対して強い関心を持つことになる。科学、人権、国際政治に関する著書はいずれも好評を博し、多国語に翻訳されているものもいくつかある。多くの大学で講演をするかたわら、テレビ番組にも多数出演。

夏野 徹也 (ナツノ テツヤ)
 1944年富山県生まれ。金沢大学理学部卒業。金沢大学、群馬大学、オレゴン州立大学、日本歯科大学などで、動物発生学、細胞生物学、微生物学などの研究に従事。医学博士、理学修士。2009年に定年退職。

【抜書】
●50万年(p22)
 マラリアは、アフリカでおよそ50万年にわたって人間を苦しめ続けてきた。人類が火を発見したと思われる頃。
 マラリアはそれ以前から存在、鳥、チンパンジー、樹幹に棲むサル類などを宿主としていた。
 未だに毎年少なくとも3億人に感染し、およそ100万人が死亡している。
 〔大変な古代の遺物だというのに、基本的には野生を保ち、手なずけられないままである。〕

●ハマダラカ(p27)
 マラリアを媒介するのは、3200種いる世界中の蚊のうち、ハマダラカ属のみ。しかも、ハマダラカ属430種のうち、70種ほど。
 ハマダラカ属は、ポリネシアのバヌアツ東部を除く地球上の隅々に分布。

●四日熱マラリア(p33)
 四日熱マラリア原虫=プラスモジウム・マラリイ(Plasmodium malariae)。
 数十万年前に出現。
 一種の活動中止状態で70年もの長い間、体内に残存することができる。
 ヒトの体内(および蚊の体内)でゆっくり発育する。感染したヒトが再び蚊に刺され、ヒトに感染するスポロゾイト(胞子小体)を生み出すのに1ヶ月以上かかる。それまでには蚊はとっくに死んでいる。
 つまり、蚊⇒ヒト⇒蚊⇒ヒト……という感染サイクルを確立するのが困難であり、あまり蔓延しなかった。

●三日熱マラリア(p35)
 三日熱マラリア原虫=プラスモジウム・ヴィヴァックス。
 四日熱マラリア原虫より、人体の中で速く増殖することができる。
 〔三日熱マラリア原虫は宿主のヒト体内で生活環を完遂することができる―― 寄生体による軍隊を繁殖させ、ヘモグロビンを食べまくり、蚊に感染可能な様態である配偶子を産生する――が、これをなんと三日でやってしまう。〕

●ダフィー抗原欠失者(p36)
 ダフィー抗原……赤血球から突き出たタンパク質。三日熱マラリア原虫は、ここに取り付いて赤血球に侵入する。
 アフリカで、突然変異によりダフィー抗原を欠いた娘が生まれ、マラリア感染を免れた。
 5000年前までに、アフリカ人のすべてがその娘の末裔(もしくは同様のダフィー抗原欠失者の末裔)となった。彼らはアラビア半島や中央アジア周縁部にまで到達。
 この時期には、三日熱マラリア原虫も四日熱マラリア原虫も、全アジア、中東、ヨーロッパに広がっていた。
 ダフィー遺伝子の出現によって、何千年もの間、マラリアの脅威は軽減された。

●熱帯熱マラリア(p41)
 約2500年前、サハラ砂漠が形成され、バンツー語族がアフリカ大陸の赤道地方の雨林を切り開き、ヤム芋やプランテーンを育てるための畑を作る。
 人間に特化した ハマダラカ属の新種、アノフェレス・ガンビイが出現。
 熱帯熱マラリア原虫=プラスモジウム・ファルシパールム。多様な侵入戦略を持ち、犠牲者の赤血球の80%に感染することができる(三日熱マラリア原虫は2%ほど。幼弱な赤血球と老化した赤血球)。A・ガンビイに取り付く。

●鎌状赤血球(p45)
 1個の点突然変異によって、しなやかな赤血球が硬くこわばった三日月型の鎌状赤血球に変わる。
 鎌状細胞遺伝子を二つ持つ赤ん坊は成人前に死亡したが、ヘテロ接合体で生まれた子は、生き延びることができる。鎌状赤血球は、熱帯熱マラリア原虫に殺されるリスクを90%削減できる。
 〔鎌状細胞遺伝子は今日までに五大陸全体に広がり、アフリカ、南アジア、中東など各地の四〇%の人々の体内に潜んでいる〕。

●狩猟採集民(p58)
 農耕民であるバンツー族は、熱帯熱マラリアに対する免疫を発達させていた。
 熱帯熱マラリア感染の経験のない狩猟採集民たちは、バンツー族に接触することでマラリアに罹患、集団内で猛威を振るう。
 〔こういう遭遇の積み重ねによって、コイサン族、ピグミー族、クシ語族、あるいはマンデ諸語や大西洋諸語を話す、かつてはアフリカの広い範囲に生活圏を持っていた部族たちが激減し、尾羽打ち枯らした生き残りたちは、今日彼らがいる大陸の周辺部へと押しやられた。熱帯熱マラリア原虫がバンツー族の周りに作り上げた免疫学的防壁は、まるで正規軍のように外部からの襲撃をうまく撃退した。バンツー族の村人は放浪民を撃退するのに、体が大きくなったり強くなったりする必要はなかった。村の蚊が侵入者を二、三回刺すことで目的を達成してくれた。〕

●アーテミシニン剤(p178)
 1999年、ノバルティス社が、アーテミシニン剤と、ルミファントリンという別の抗マラリア剤との併用薬剤の販売を開始。
 併用薬剤……別の破壊方法を持った2種類の薬剤の攻撃を受けると、原虫が双方に対してともに耐性を発達させるのが非常に困難になる。
 アーテミシニンは高価だったので、併用剤と切り離して売られたり、投薬期間を短縮して投与されたりした。
 その結果、アーテミシニンに対するマラリア原虫の耐性を高めることになった。

●プラスモジウム・ノウレシ(p370)
 プラスモジウム・ノウレシ……マラリア原虫の第5の種?
 2008年、マレーシアの1000人の患者から得た試料の四分の一以上で発見される。タイと中国でもすでに見つかっている。
 もともと、サルだけに寄生すると考えられていた。好景気で、ヒトが樹木伐採のためにサルの生息域へ侵入し、感染したと考えられる。
 P・ノウレシは、マラリア全種の中でもっとも生活環が短く、驚くべき数の原虫をあっという間に放出する。

(2015/10/23)KG

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世界に冠たる中小企業
 [経済・ビジネス]

世界に冠たる中小企業 (講談社現代新書)

黒崎誠/著
出版社名 : 講談社(講談社現代新書)
出版年月 : 2015年3月
ISBNコード : 978-4-06-288300-9
税込価格 : 702円
頁数・縦 : (電子版)


 日本のオンリーワンな素晴らしい中小企業を紹介。
 ざっと見、自動車などの部品メーカーが多い。そういう分野に、優れた技術力が蓄積されるということなのだろうか。

【目次】
第1章 「伝統技術」を活かして世界を統べる―「トヨタを目指すつもりはない」企業など五社
 他の追随を許さない切れ味
 新しい販路の開拓
  ほか
第2章 「専門分野に特化」が成功のカギ―「値引きしてまで売らない」企業など五社
 大量注文にはいっさい応じない
 日常生活から「はやぶさ」「スカイツリー」まで
  ほか
第3章 「超先端技術」を武器に世界に挑む―「国内市場の嫌がらせにも屈しない」企業など四社
 研究者の「もやもや」を聞きだすことから始める
 競争ではなく競創する集団を目指す
  ほか
第4章 大手が参入できない「ニッチ市場」を制す―「管理部門なんていらない」企業など六社
 なぜエレベータはピタリと止まるのか
 大手企業の技術盗用に猛抗議
  ほか
第5章 ノウハウを活かした「業態転換」で勝つ―「心臓部は中国に移さない」企業など四社
 大手メーカーにもマネできない技術とノウハウ
 心臓部は中国に移さない
  ほか

【著者】
黒崎 誠 (クロサキ マコト)
 1944年群馬県生まれ。時事通信社に入社後、一貫して経済畑を歩み、経団連、日銀、旧大蔵省などを担当したほか、リクルート事件など大型経済事件も報道してきた。宮崎支局長、福島支局長、編集委員、解説委員などを歴任。2004年に退社し、現在、帝京大学経済学部教授。

(2015/10/22)EB

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ナショナリズムをとことん考えてみたら
 [社会・政治・時事]

ナショナリズムをとことん考えてみたら (PHP新書)

春香クリスティーン/著
出版社名 :PHP研究所(PHP新書 974)
出版年月 :2015年2月
ISBNコード :978-4-569-82344-7
税込価格 :842円
頁数・縦 :197p・18cm


 「ヒトラー発言」をきっかけに、ネトウヨからバッシングを受け、炎上も経験した著者が、「右」とか「左」とか、ヒトの思想に対して貼られるレッテルに関して、徹底的に考える。
 「ヒトラー発言」とは、安倍首相の靖国神社参拝に関する海外の反響として、「ドイツの首相がヒトラーの墓に詣でたとしたらどう思うか」というネット上のコメントを引用したことがきっかけであった。春香の意見ではなかったが、そのように受け取られ、ネトウヨから攻撃を受けたというのだ。
 また、原発再稼働を容認する発言をしたところ、今度は左翼から「失望」された。
 はたして自分の思想は「右」なのか「左」なのか。そもそも、思想的にすべて「右」とか、「左」とかということがあり得るのか。国を愛すること、「ナショナリズム」とはどういうことなのか。様々な有識者からの意見も参考に、柔軟に思考し、思索を深めていくのである。

【目次】
序章 「ヒトラー発言」のあとで考えたこと
第1章 「ネトウヨ」の人たちはどうして怒っている?
第2章 そもそも「ネトウヨ」は「右翼」なのか
第3章 日本は「右」も「左」も大混乱中
第4章 キーワードは「グローバル化」という言葉
第5章 ナショナリズム、移民、そして「イスラム国」
第6章 メディアも「右」「左」にこだわる時代じゃない
終章 だから私は「右往左往」することを恐れません

【著者】
春香 クリスティーン (ハルカ クリスティーン)
 1992年スイス連邦チューリッヒ市生まれ。父は日本人、母はスイス人のハーフ。日本語英語、ドイツ語、フランス語を操る。2008年に単身来日し、タレント活動を開始。テレビ番組のコメンテーターなどを務めるほか、新聞、雑誌への寄稿も多数。

(2015/10/22)KG

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百歳までの読書術
 [文芸]

百歳までの読書術

津野海太郎/著
出版社名 :本の雑誌社
出版年月 :2015年7月
ISBNコード :978-4-86011-274-5
税込価格 :1,836円
頁数・縦 :270p・19cm


 『本の雑誌』2012年2月号から15年2月号にかけて掲載された同題の連載を加筆・再構成したエッセー集。正宗白鳥、幸田露伴など、先達の老人読書に関する逸話を織り交ぜながら、70歳を過ぎた自身の読書生活を語る。

【目次】
 老人読書もけっこう過激なのだ
 本を捨てない人たち
 減らすのだって楽じゃない
 路上読書の終わり
 新しいクセ
 遅読がよくて速読はダメなのか
 月光読書という夢
 「正しい読書」なんてあるの?
 本を増やさない法
 近所の図書館を使いこなす
 退職老人、図書館に行く
 渡部型と中野型
 背丈がちぢまった
 ニベもない話
 私の時代が遠ざかる
 もの忘れ日記
 漢字が書けない
 老人演技がへたになった
 八方にでてパッと凍る
 〈死者の国〉から
 本から本へ渡り歩く
 老人にしかできない読書
 ロマンチック・トライアングル
 映画はカプセルの中で
 いまに興味がない
 病院にも「本の道」があった
 幻覚に見放されて
 友だちは大切にしなければ
 書くよりも読むほうがいい
 むかしの本を読みかえす
 怖くもなんともない
 古いタイプライター
 もうろくのレッスン

【著者】
津野 海太郎 (ツノ カイタロウ)
 1938年福岡県生まれ。早稲田大学卒業。劇団「黒テント」で演出家として活躍する一方、晶文社の編集責任者として、植草甚一やリチャード・ブローティガンなど、60年代、70年代の若者文化の一翼を担う書物を次々世に送り出す。のち「季刊・本とコンピュータ」編集長、和光大学教授・図書館長をつとめる。現在は評論家。著書に「おかしな時代」「花森安治伝」「したくないことはしない」など。

【抜書】
●お祭り式読書法(p154)
 お祭り式読書法(勉強法)。幸田露伴の「八方にひろがってパッと凍る」読書法と似ている。
 ①1冊の本に「まごまご」こだわるのをやめる。
 ②大量の本、ときには映画や音楽まで、やたらに手をひろげる。
 ③それらがお互いに引き合う。
 ④そして時いたると一瞬にしてそれらがひとつにつながる。つまりは凍る。
 ⑤それこそが「知識」というものなのである。

(2015/10/12)KG

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JR中央線の謎学
 [歴史・地理・民俗]

JR中央線の謎学 (KAWADE夢文庫)

ロム・インターナショナル/著
出版社名 :河出書房新社(KAWADE夢文庫 K1017 )
出版年月 :2015年4月
ISBNコード :978-4-309-49917-8
税込価格 :670円
頁数・縦 :218p・15cm


 中央線にまつわる蘊蓄集。

【目次】
1 乗車中、誰もが1度は「?」となる…中央線「10のミステリー」
2 意外や意外な事実が続々!駅の謎学
3 独特な雰囲気がたまらない!沿線文化の謎学
4 知るほどに興味がわいてくる!路線の謎学
5 乗客も知らないドラマがいっぱい!歴史の謎学
6 その由来に驚きが止まらない!駅名・地名の謎学
7 “鉄ちゃん”垂涎のスポット!鉄道遺産の謎学

【著者】
ロム・インターナショナル
 1983年に設立された、書籍の企画制作集団。幅広い情報網と縦横無尽の機動性を活かし、数々の話題作を生み出してきた。なかでも、旅行やビジネス、海外情報、博学知識などの分野を得意とする。

【抜書】
●閉塞区間
 閉塞区間……事故防止のため設けられている区間。そこには1列車しか入れない。
 中央線の駅のホームは短く、10両程度の長さまでしか対応できない。もしも15両編成にするとなると、閉塞区間も長く設定しなければならず、中央線の駅間にそんな余裕はない。
 運行本数を増やすことで、混雑緩和に対応。そのため、遅れも頻発する。

●武蔵小金井駅(p49)
 武蔵小金井駅は、お花見のために開設された仮設ホームが由来。このころの桜の名所は、玉川上水のヤマザクラ並木。吉宗桜。
 1926年(大正15)1月15日、正式な駅へと昇格。

●武蔵境駅(p54)
 武蔵境駅、1889年(明治22)開業
 開業当時、甲武鉄道は、起点駅の新宿、中野、境、国分寺、終点の立川の5駅。
 駅を作る三つの条件。①なるべく人の多いところ、②神社仏閣などの観光地がある、③駅の間隔をなるべく等しい距離にする。
 上の条件では、武蔵境に駅ができる可能性は低かった。ほぼ本決まりになっていたのは、大橋地区(現在の三鷹車庫のあたり)。
 「なんとしてもわが村に駅を設置してほしい」と熱心に運動したのが、秋本喜七。20歳代の若者。
 湯島天神にあった甲武鉄道本社まで徹夜で歩き、「境村に駅をつくってくれるなら、駅までの道路は私財を投じてつくる。駅をつくるために必要な土地は寄付する」と直談判。

●中野~荻窪間の滑走路(p80)
 高円寺駅の北側に、滑走路を造る計画があった。
 高円寺駅の北側、中野駅から荻窪駅までの2.5kmに、かつて陸軍鉄道大隊が置かれていた。幅30~50mの軍用地で、鉄道敷設などの演習が行われていた。
 第一次大戦後、航空機の重要性が認識され始め、1919年(大正8)、飛行隊が編成される。
 飛行隊の訓練用として、この軍用地の幅を100mに拡張し、そのまま滑走路にするという計画が持ち上がり、馬橋公園を含む1万7000坪の土地が飛行機格納庫予定地として確保された。
 しかし、周辺に民家が多く、飛行場としては狭いという理由から、計画は頓挫。
 結局、1926年(大正16)、格納庫予定地に陸軍通信学校が開校。その後、軍用地は宅地化された。

●中央線と山手線(p125)
 かつて、中央線と山手線は「の」の字運転をしていた。
 品川線(山手線の前身)は、1903年(明治36)、新橋-品川-新宿-上野までの路線が開通、1909年(明治42)に電化。1914年(大正3)、東京駅が開業。
 中央線は、新宿-御茶ノ水-万世橋が開通後、1919年(大正8)、神田、東京へと延伸。
 東京駅では、中央線が後発だったため、ホームを割り当ててもらえず、同じく電化していた品川線とホームを共有。中央線と山手線を一体化して「の」の字運転が実現。
 品川線は、東京-上野間を開通させたかったが、市街地の中心地で用地買収が難しく、地盤も悪かった。
 1923年(大正12)の関東大震災の復旧作業とともに、東京-上野間の工事も行われて山手線となり、中央線が分離された。

(2015/10/10)KG

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戦争をしない国 明仁天皇メッセージ
 [社会・政治・時事]

戦争をしない国 明仁天皇メッセージ

矢部宏治/文 須田慎太郎/写真
出版社名 :小学館
出版年月 :2015年7月
ISBNコード :978-4-09-389757-0
税込価格 :1,080円
頁数・縦 :127p・21cm


 これまでに公表された今上天皇の数々の発言をもとに、日本そして国民に対する「思い」、平和に対する願いを推し量る。その言葉から、天皇は、憲法を改正し、戦争ができる国になることを望んでいないというメッセージを汲み取る。

【目次】
1 I shall be Emperor
2 慰霊の旅・沖縄
3 国民の苦しみと共に
4 近隣諸国へのメッセージ
5 戦争をしない国
6 美智子皇后と共に

【著者】
矢部 宏治 (ヤベ コウジ)
 1960年、兵庫県生まれ。慶応大学文学部卒業後、(株)博報堂マーケティング部を経て、1987年より書籍情報社代表。

須田 慎太郎 (スダ シンタロウ)
 1957年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒。在学中から日本報道写真の先駆・三木淳氏に師事。86年日本写真協会新人賞受賞。05年~07年、『ZOOM JAPAN』編集長。

【抜書】
●大きな闇(p2)
 読者の心を打つようなメッセージは、必ず大きな苦悩の中から生み出される。
〔 深い闇を経験し、その中でもがき苦しんだものだけが、長い思索ののち、光のような言葉をつむぎ出すことができる。そのプロセスに例外はない。そうした境地に到達できた人を、私は「偉い人」だと思っています。〕
 〔実は現在の日本で、明仁天皇と美智子皇后ほど大きな闇を体験し、その中でもがき、苦しみ、深い思索を重ねた方は珍しいのではないかと私は思っています。〕

●自由(p9)
 明仁天皇は、結婚する直前、親しい友人に、以下のように語っていた。1959年4月6日、結婚式4日前の「東京タイムズ」。
 「ぼくは天皇職業制をなんとか実現したい。(略)毎日朝10時から夕方の6時までは天皇として事務をとる。(略)そのあとは家庭人としての幸福をつかむんだ」
 「ぼくは皇居内に住みたくない。皇居はなるべく早く開放して、大衆向きの公園に使ってほしい。(略)天皇になっても、ぼくは街の中に住む」
 天皇・皇后は、皇居という広大な「住居」から外の世界に引っ越す自由(住居を選ぶ自由)も、職業を選ぶ自由も、退職する自由も、言論の自由もない。選挙権もない。
 「私どもは、やはり私人として過ごすときにも、自分たちの立場を完全に離れることはできません」(2001年12月18日、68歳の誕生日会見)。
 精神的なストレスを生む過酷な生活。

●冷戦の戦勝トロフィー(p60)
〔 日本人は第二次世界大戦での敗北を、すでに決着のついた「過去の問題」だと考えています。その最大の理由は、戦後すぐに始まった「冷戦」というもうひとつの戦争において、日本は徹底した対米従属路線をとることにより、見事、戦勝国となることに成功したからです。長年、日本の代名詞だった「世界第二位の経済大国」は、その輝ける戦勝トロフィーだったといえるでしょう。
 しかし冷戦終結後にあらわれた冷酷な現実は、国連憲章には現在でも第二次大戦の敗戦国である日本やドイツなどを対象とした「敵国条項」とよばれる差別的な条文があり、逆に中国はそうした国際法の枠組みのなかで、「拒否権」という圧倒的な特権を持つ五大国(国連安保理・常任理事国)のひとつだという事実です。
 つまり中国との間に本当の意味での和解が成立しなければ、日本は国際法の中の差別的な地位から抜け出すことができず、永遠にアメリカの保護下にとどまって、対米従属を続けるしかない。右派はそのパラドックスを直視していないのです。〕
 日本が対米従属から開放され、国際法上の「敵国」から脱して真っ当な国、正しい政策を選択できる国になるための道。それは、明仁天皇が示す、「正しい歴史認識」と「周辺国への謝罪」、その結果として生まれる「信頼関係」である。

●日本と中国の分断政策(p64)
 〔西洋文明の拡張主義者(グローバリスト)の中には、日本を使って中国を攻撃しようという勢力(軍産複合体)が昔からつねに存在する。〕
 1582年、イエズス会の宣教師ヴァリニャーノ(日本での布教経験あり)は、スペイン帝国領だったフィリピンの総督に〈日本は国土が貧しく、国民は勇敢で、つねに軍事訓練を積んでいるので征服には不向きです。しかし中国における皇帝陛下の希望(=植民地化)をかなえるには非常に役に立つでしょう〉と書き送った。

●サイパン島(p76)
 昭和19年6月15日、米軍がサイパン島上陸。日本軍はすでに制海権、制空権を失っており、在留邦人は引き揚げられない状態になっていた。
 7月7日に日本軍が玉砕するまでに、陸海軍約4万3千人、在留邦人1万2千人、米軍3,500人、島民900人が死亡。スーサイド・クリフ、バンザイ・クリフなどにて。

●昭和天皇(p85)
 保坂正康の論。
 〈昭和天皇は好戦主義者ではなかったが、平和主義者だったということもできない。昭和天皇が何より大切にしていたのは『皇統(天皇制)の継続』で、それがあらゆる判断に優先した〉。

●憲法遵守(p88)
 平成元年1月9日、即位後の朝見の儀。
 「ここに皇位を継承するに当たり、みなさんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすこと」を誓う。

●立憲主義の精神(p96)
 戦前、権力者は天皇という権威をかかげて、国民に法的根拠のない義務を強制した。それが、戦争で多くの国民の命を奪うことになった。
 明仁天皇は、二度とそうしたことがあってはならないと、強い決意を持っている。天皇がまず、誰よりも率先して憲法を守るのだという立憲主義の精神。

●家族(p109)
〔 一方、明仁皇太子と美智子妃は、子どもの養育に関してだけは絶対に譲らず、最後まで自分たちの方針をつらぬき通しました。まず皇室史上初めて病院(皇居内の宮内庁病院)で出産し、住居である東宮仮御所のあった渋谷区から「母子手帳」ももらい、母乳不足に備える乳母制度も廃止。昭和天皇も大正天皇もできなかった親子同居を実現しました。
 さらにそれまでの慣習だった専任の養育係も置かず、自分たちで子どもを育て、ときには美智子妃がみずから台所に立って料理をつくり、夕食後は必ず一家団らんの時間をもつなど、できるかぎり家族水入らずで、一般家庭と同じような生活をつづけられたのです。
 こうして家族との強い結びつきのなか、一般人と同じ感覚で暮らしつづけたことが、明仁天皇が「側近独裁制」に対する抵抗力を身につけた大きな理由だったと思います。
 戦前の日本とは、ひとことでいえば「軍部が天皇をかついでメチャクチャなことをやった国」でした。昭和天皇は何度かそれを止めようとしますが、結局、最後まで抵抗することはできませんでした。頭脳明晰で意志も強かったはずの昭和天皇が、毎回土壇場で見せる不思議な弱さには、戦前までの天皇が「家族」という個人としての立脚点から切り離されて存在し、最終的には側近たちの意向に逆らえないという構造的な問題も影響していたのではないでしょうか。〕

(2015/10/7)KG

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国語教師
 [教育・学参]

国語教師.png
 
中原素男/著
出版社名 :日本文学
出版年月 :2013年6月
ISBNコード :978-4-7765-3545-4
税込価格 :864円
頁数・縦 :99p・19cm
 
 
 引退して5年、元公立中学校の国語教師によるエッセー集。「脱! 教科書」では、遊びと競争を取り入れた具体的な授業の手法を示す。それは工夫に満ちた内容で、楽しそうな生徒たちの姿が目に浮かぶようだ。現役の教師には参考になるのではないだろうか。単に教科の詰め込みだけでなく、情操を育てる授業という点で、重要なやり方だと思う。生徒たちには、毎日通うのが楽しくなるような学校であってほしいものだ。

【目次】
脱! 教科書
「いじめ問題」考察
女神はいるか
流行歌よ、甦れ

【著者】
中原素男 (なかはら もとお)
 1948年生まれ。1972年早稲田大学第一文学部卒業。同年より37年間、東京都公立中学校国語教諭を務める。

(2015/10/3)

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