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脊柱管狭窄症は自分で治せる! “腰の激痛”“足のしびれ”がみるみる改善
 [医学]

脊柱管狭窄症は自分で治せる!
酒井慎太郎/著
出版社名 : 学研プラス
出版年月 : 2016年3月
ISBNコード : 978-4-05-800595-8
税込価格 : 1,188円
頁数・縦 : 174p・18cm


 脊柱管狭窄症と診断される人が増えているが、脊柱管狭窄症は、ほとんどの場合、腰の痛みの最終段階である。その前に、「前かがみになったときに痛むタイプ」(A)の筋・筋膜性腰痛、椎間板症、椎間板ヘルニアや、「体を後ろに反らすと痛むタイプ」(B)の腰椎分離症、すべり症になっていることが多い。特に、AとBを両方患っている人も多く、脊柱管狭窄症の治療法だけを実行していても効果は薄い。自分の症状に合わせて、ミックスタイプの治療法がお薦めである。……という趣旨で、腰痛の原因と日常生活で留意すべき点を解説し、腰に効く9種類のストレッチを紹介する。

【目次】
第1章 あなたの痛みのタイプがすぐわかる「腰痛セルフチェック
第2章 脊柱管狭窄症を自分で治す!新常識
第3章 なぜ、簡単ストレッチで痛みが消えるのか
第4章 脊柱管狭窄症を見事克服した患者さんの実例集
第5章 腰痛知らずで一生過ごすための日常生活の知恵
第6章 脊柱管狭窄症が治れば、人生が変わる!
第7章 正しく知って、痛みを撃退!腰痛対策Q&A

【著者】
酒井 慎太郎 (サカイ シンタロウ)
 さかいクリニックグループ代表。千葉ロッテマリーンズオフィシャルメディカルアドバイザー。中央医療学園特別講師。柔道整復師。整形外科や腰痛専門病院などのスタッフとしての経験を生かし、腰痛やスポーツ障害の疾患を得意とする。

(2016/7/28)KG

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蘇我氏 古代豪族の興亡
 [歴史・地理・民俗]

蘇我氏 ― 古代豪族の興亡 (中公新書)

倉本一宏/著
出版社名 : 中央公論新社(中公新書 2353)
出版年月 : 2015年12月
ISBNコード : 978-4-12-102353-7
税込価格 : 864円
頁数・縦 : 272p・18cm


 蘇我氏は、乙巳の変で滅亡したわけではなかった。滅亡したのは、蝦夷、入鹿の本宗家のみで、傍流および蘇我氏同族はその後も存続し、平安時代にも官人を出し続ける。ただし、藤原氏の専横のため、中級官人、下級官人と、しだいに地位を落としていく。

【目次】
第1章 蘇我氏の成立と稲目
第2章 大王推古と厩戸王子と島大臣馬子
第3章 豊浦大臣蝦夷・林太郎入鹿と乙巳の変
第4章 大化改新から壬申の乱へ
第5章 律令官人石川氏と皇位継承
第6章 ソガ氏への復帰
第7章 摂関期における生き残り

【著者】
倉本 一宏 (クラモト カズヒロ)
 1958年三重県津市生まれ。89年、東京大学大学院人文科学研究科国史学専門課程博士課程単位取得退学。2009年より国際日本文化研究センター教授。博士(文学、東京大学)。日本古代政治史、古記録学。

【抜書】
●氏寺(p42)
 〔五条野丸山古墳を最後として、六世紀中葉から六世紀後半に後の畿内では前方後円墳の築造が終焉し、六世紀末から七世紀初頭に地方でも前方後円墳の築造は終焉を迎える。倭国の支配者は、氏寺という、古墳に変わる新たな結集の場を発見したのである。そして後にそれを主導するのも、また蘇我氏であった。〕

●東夷の小帝国(p64)
〔 推古十五年に派遣された第二次遣隋使は、「日出づる 処の天子、書を日没する処の天子に致す」という文言で始まる国書を持参した。この時に隋の煬帝が不快の念を示したのは、倭国の大王が「天子」と自称したことに対してである。この時の遣使を、従来説かれているように対等の外交を目指したものと考えるのは誤りで、あくまで朝貢外交の枠内のものではあった。しかし、これがこれまでの倭国の外交と異なるのは、この時の倭国の大王が、中国の皇帝からの冊封を求めなかったということである。馬子や厩戸王子をはじめとする倭国の支配者層は、中国の皇帝から独立した君主を戴くことを隋から認められることによって、朝鮮諸国に対する優位性を主張し、「東夷の小帝国」を構築しようとしたのである。〕

●石川氏(p175)
 天武10年(681)~12年、蘇我から石川に改姓。天武13年(684)、朝臣の姓を賜る。

●娼子(p179)
 天武7または8年 、藤原不比等は、連子の娘である娼子を嫡妻として迎えた。武智麻呂、房前、宇合を産む。
 蘇我馬子ー倉麻呂(雄当)ー 連子。
 不比等は、大臣家である蘇我氏の尊貴性を自己の子孫に取り入れようとした。蘇我氏の高い地位を受け継ぐ氏であることを支配者層に示す。

●宗岳氏(p209)
 元慶元年(877)12月27日、石川木村は再び姓をソガ(宗岳)に改めた。
 石川……河内国石川別業に生まれたので、宗我(蘇我)石川が名前とした。
 先祖の名である「石川」を子孫の姓としているのは憚りがあるから、本来の氏の名であった「ソガ」というウヂ名を称したい。
 「宗岳」は、後世、「ムネオカ」と読むようになった。「宗岡」「宗丘」の字も充てられる。

(2016/7/28)KG

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ぷしゅ よなよなエールがお世話になります
 [経済・ビジネス]

ぷしゅ よなよなエールがお世話になります

井手直行/著
出版社名 : 東洋経済新報社
出版年月 : 2016年4月
ISBNコード : 978-4-492-50282-2
税込価格 : 1,620円
頁数・縦 : 285p・19cm


 よなよなエールの飲み頃温度は13度。
 星野リゾートの代表である星野佳路(よしはる)に誘われてクラフトビールの製造メーカーに創業メンバーとして入社した井出直行の奮戦記。のちに、その会社ヤッホーブルーイングの社長となる。
 口述筆記は、経済ジャーナリストの夏目幸明(桂馬)、と「構成者あとがき」にある。

【目次】
第1章 おもしろそうな仕事は裏切らない
第2章 ファンは一〇〇人に一人でもいい
第3章 弁当代が出ないなら東京に行きません
第4章 どん底だから、この仕事に人生を賭ける
第5章 運命を変えた七年前の手紙
第6章 スキルは挑戦しながら身につければいい
第7章 リーダーの不満は自分を映した鏡
第8章 早ければ早いほど、最高のチームができる
第9章 僕らの働き方を変えたら、ファンも販売店もチームになった

【著者】
井手 直行 (イデ ナオユキ)
 ヤッホーブルーイング代表取締役社長。よなよなエール愛の伝道師。1967年生まれ。福岡県出身。国立久留米工業高等専門学校卒業。大手電気機器メーカー、広告代理店などを経て、1997年ヤッホーブルーイング創業時に営業担当として入社。地ビールブームの衰退で赤字が続くなか、ネット通販業務を推進して2004年に業績をV字回復させる。2008年社長就任。ニックネームは「てんちょ」。

【抜書】
●理想の味(p97)
 地ビールのブームが去り、売れない冬の時代の決断。
〔 地ビールブームが終息すると、小規模メーカーの多くは撤退するか、「個性的な味のビールは売れない」「大手と同じ味でなければ」と製品の変更を余儀なくされました。僕らも、社内で「このままじゃダメなんじゃないか」と疑心暗鬼になっていました。
 しかし僕らは「アメリカで人気があるエールビールが日本でも受け入れられないはずがない」と考え、むしろ「僕らが目指す理想の味」を完成させようとした。〕
 〔「個性豊かなビール文化を日本に根付かせたい」。中でも、まずはおいしいエールビールを、夜な夜な飲めるようにしたい。〕

●センターゴロ(p161)
 自分の仕事は一生懸命やるが、誰がやるかがあいまいな担当外の業務を誰も拾わないこと。
〔 バッターがカキーンとセンター返しする。まずはピッチャーがよける、セカンドもショートも反応しない、むしろ避けるという珍プレーです。野球だったら絶対あり得ない。でも、僕らの職場で実際に起こっていたんです。〕

●チーム・ビルディング(p175)
 長尾彰……チームビルディングプログラムの講師。スポーツの日本代表チームも含め、何千組も指導している。
 単なる集まり(グループ)から「チーム」になる過程。
 (1)フォーミング……形成期。何となく様子見をしている。
 (2)ストーミング……混乱期。嵐のようにもめる。
 (3)ノーミング……規範期。緩やかにまとまっていく。
 (4)トランスフォーミング……達成期。一致団結する組織になる。

(2016/7/25)KG

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21世紀地政学入門

21世紀 地政学入門 (文春新書)

船橋洋一/著
出版社名 : 文藝春秋(文春新書 1064)
出版年月 : 2016年2月
ISBNコード : 978-4-16-661064-8
税込価格 : 864円
頁数・縦 : 285p・18cm


 『文藝春秋』の連載記事「新世界地政学」にて、2011年7月号から2016年2月までに掲載されたものから51本を選んで新書化。「入門」となっているが、 その時々の「地政学的」テーマを取り上げて論じているので、体系的な内容ではない。しかし、印象的な数々のフレーズがちりばめられており、現在の日本の置かれた状況を踏まえつつ、地政学とは何かを体感できる1冊である。

【目次】
第1章 21世紀新世界
第2章 グローバル地経学
第3章 中国の夢
第4章 米国リバランシング
第5章 日本の戦略
第6章 日本の統治

【著者】
船橋 洋一 (フナバシ ヨウイチ)
 一般財団法人日本再建イニシアティブ理事長。1944年北京生まれ。東京大学教養学部卒業後、朝日新聞社入社。同社北京特派員、ワシントン特派員、アメリカ総局長等を経て、2007年から2010年12月まで朝日新聞社主筆。2011年9月に独立系シンクタンク「日本再建イニシアティブ」(RJIF)設立。福島第一原発事故を独自に検証する「福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)」を作る。『カウントダウン・メルトダウン』(文藝春秋)では大宅壮一ノンフィクション賞受賞。

【抜書】
●地政学的リスク(p4)
〔 地政学的リスクとは、地理と歴史のような変えようのない要素、さらには民族と宗教のような変えにくい要素が、国の戦略や外交に大きな影響を及ぼし、それが国家間の摩擦をもたらすようなリスクのことである。石油や希少資源のような、その土地、その場所でしか産出できないものとか、人口のように変わるとしてもきわめて長期的、緩慢なプロセスを経るものも通常、地政学的要素に加えられる。〕

●平和(p214)
〔 平和とは、それを脅かす原因を除去する根本解決の枠組みをつくることで生まれるのではない。
 平和とは、根本解決まで至らなくとも、「紛争を平和に変えるプロセスを非暴力的に根付かせる」(ヨハン・ガルトゥング)ことにその本質があり、そうした状態を手にすることがすなわち平和にほかならない、という共通理解である。〕

●1億人国家(p234)
 1950年、1億人国家は中国、インド、米国、ソ連の4か国だけだった。
 現在、1億人国家は、日本を含めて11か国。
 2050年には、18か国に増える。しかし、日本は少子化のためそこから外れる可能性が高い。アジアの人口7大国からも外れる。それは、インド、中国、インドネシア、パキスタン、バングラデシュ、フィリピン、ベトナムである。

●シルバー平和主義(p235)
 少子高齢化社会において、安全保障よりも社会保障を求める高齢者の抵抗。戦死・戦傷と戦争への忌避感が強い。

●リスクの取り方(p247)
 「フクシマの失敗」など、平成になって日本が悪くなった原因。
〔 それは、日本全体が、リスクの取り方が下手になったためである。
 国民も企業も国家もリスクを取らなくなった。リスクを取らずに、マージンを抜くこと、そしてコストをカットすることばかりに精出しした。
 リスクに直面せずに、「安心」を安売りし、バーゲン買いする風潮が広がった。〕

●消極的権限争い(p264)
 太平洋戦争を避けることを阻んだ大きな要因の一つが、当時の日本の官僚組織、すなわち官邸、海軍、陸軍、宮内省などの「消極的権限争い」だった。
〔 「消極的権限争い」とは、政治的に得点にならないこと、役所の権限にプラスにならないこと、面倒な仕事を押しつけられることについては、手を挙げない、飛び出さない、目立たないようする霞が関処世術である。
 とりわけ国家的危機のような事態では、決断すること自体が組織防衛上の大きなリスクになる。そのようなとき、日本の官僚組織は、組織としての「非決定」を決め込む組織文化を宿している。そして、そのことが国家的危機を「ジリ貧からドカ貧」に変化させるのではないか。〕

(2016/7/23)KG

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大絶滅時代とパンゲア超大陸 絶滅と進化の8000万年
 [自然科学]

大絶滅時代とパンゲア超大陸: 絶滅と進化の8000万年

ポール・B・ウィグナル/著 柴田譲治/訳
出版社名 : 原書房
出版年月 : 2016年2月
ISBNコード : 978-4-562-05294-3
税込価格 : 2,700円
頁数・縦 : 252p・20cm


 2億6000万年前(ペルム紀半ば)から1億8000万年前(前期ジュラ紀)にわたる、「2度の大量絶滅と4度の小規模の危機に襲われた、地球史上最悪の8000万年」について解説。それは、パンゲアという超大陸の時代、巨大火山噴火とともに起こった。火山の噴火と生命の危機とのメカニズムを解明する。

【目次】
第1章 死滅の時代
第2章 ひっそりとした絶滅 キャピタニアン危機
第3章 死の海―ペルム紀‐三畳紀大絶滅
第4章 騒々しい三畳紀
第5章 三畳紀の崩壊
第6章 パンゲア最後の一撃―ジュラ紀のゴルゴタ
第7章 パンゲアの死とレジリアンスの出現

【著者】
ウィグナル,ポール・B. (Wignall, Paul B.)
 リーズ大学の古環境学教授。25年以上にわたって大量絶滅について研究し、世界中の国々を訪れフィールドワークを続けている。リーズ在住。

柴田 譲治 (シバタ ジョウジ)
 1957年神奈川県生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了。サイエンスライターなどを経て翻訳家。

【抜書】
●生命の五大絶滅(p15)
 (1)4億4400万年前、オルドヴィス紀の終わり……短くも激しい氷河形成。明らかに寒冷期と結びつく唯一の大量絶滅。
 (2)3億7400万年前、後期デヴォン紀……海洋生物と新たに進化した両生類にとって、数回の危機が短い間隔で生じた。
 (3)2億5200万年前、ペルム紀ー三畳紀絶滅……地球史上最大の天変地異。
 (4)2億200万年前、三畳紀末……陸と海の生物コミュニティに凄まじい変化をもたらし、恐竜が表舞台に登場。
 (5)6500万年前、白亜紀ー第三紀危機……ユカタン半島に衝突した巨大隕石により、恐竜が絶滅。

●パンゲア超大陸(p19)
 生物史上、最悪の8000万年の物語は、パンゲアの存続期間と一致している。
 陸塊の集合状態は、ペルム紀以前に始まる。3億年前頃にゴンドワナ(南半球の巨大な大陸)が、ローラシア(北方の巨大な大陸)と衝突した。その結果、パンゲアが生まれた。境目が中央パンゲア山脈。のちに分裂し、大西洋となる。
 ゴンドワナは、現在の南極、オーストラリア、南アメリカ、アラビア半島、アフリカ、インドを含む。
 ペルム紀に、シベリア東部とカザフスタンが衝突し、ウラル山脈が形成される。2億6000万年前の中期ペルム紀までには、北極から南極に至る弓型にしなった超大陸となる。
 南と北の「腕」の間は、テチス海。大陸の裏側の半球全体にはパンサラッサ海が広がる。
 テチス海には、東南アジア、北中国陸塊、南中国陸塊が存在していた。
 2億年前、三畳紀末~前期ジュラ紀に、北中国陸塊と南中国陸塊もテチス海の北側の縁にくっつく。
 大陸は、一体化するとすぐに分裂し始めた。

●LIP(p22)
 すべてのパンゲア絶滅事象で、膨大な溶岩が噴出して甚大な面積を覆いつくし、「洪水玄武岩地域」と呼ばれる地形を生み出している。粘度が非常に小さいため、何百キロも流れ、次々と流れ来る溶岩が積み重なって厚い層を形成。次第に風化し、階段状の地形ができ、「階段」を意味するオランダ語から「トラップ」と呼ばれている。
 地質学者は、こうした火山地域を「巨大火成岩岩石区」(LIPs: Large Igneous Provinces)と呼んでいる。

●カイアマン逆帯磁期(p34)
 Kiaman Reverse Superchron。
 3億1200万年前から2億6500万年前の長期にわたって、N極が南を指しており、まったく慈極の逆転が起きなかった。通常、地磁気は100万年単位でNSが交代する。

●ローマの硬貨(p35)
 ローマ帝国時代、皇帝が替わるたびに新たな硬貨が発行された。出土した硬貨によって遺跡の詳細な編年が得られる。
 ペルム紀の示準化石であるコノドントも、急速に進化して姿を変えた。容易に化石化するので、コノドントが年代測定に使われる。
 コノドント……全長はせいぜい数センチ程度の、ウナギに似た原始的な魚。

●獣弓類(p44)
 ペルム紀の陸上では、ディノケファルス類が消滅し、ディキノドン類(草食動物)とゴルゴノプス類(肉食動物)が急速に進化した。
 三者はいずれも獣弓類。この仲間が三畳紀に哺乳類として繁栄する集団を生み出す。

●スヴェンセンの仮説(p52)
 6000万年前に形成された、ノルウェー沖の海底のクレーターは、爆発的なガス放出による産物。しかし、マグマそのものから発生したのではなく、マグマが貫入した堆積岩から発生したという仮説を立てる。
 玄武岩マグマは熱く、温度は1000度を超える。岩石と接触すると、「接触変成作用」が生じ、接触した岩石は焼かれ始め、「加熱調理済み」の岩石帯が生まれる。このとき岩石に有機物が含まれていると、焼成によって有機物がメタンに変わる。
 このメタンは熱分解起源と言われ、火山活動と結びついた付加的なガス発生源となる。
 つまり、LIP噴火によって溶岩からガスが噴き出るだけでなく、さらに過剰なガスが大気中に注入され、環境への影響が大幅に増大する。

●炭素同位体(p87)
 炭素原子のほとんどは炭素12だが、微量の炭素13を含む。通常、炭素同位体比率は13C/12Cで表される。
 光合成によって有機物が形成されるとき、有機物のもとになった二酸化炭素よりも炭素12の割合が大きい。有機物は、常に同位体的に軽い。
 メタンも、同位体的に軽いガスである。

●カーニアン階多雨事象(p149)
 三畳紀の中部カーニアン階(2億3200万年前)で、世界の降雨量が突如激増した。
 多雨事象は、カーニアン階絶滅を引き起こした一方で、進化の大きな機動力ともなった。カーニアン階後半、恐竜が大規模に適応放散し、アデロバシレウス等の最初の哺乳類も現れた。恐らく初めての顕花植物(被子植物)と考えられるサンミグエリアも現在のアメリカ南西部に登場。

●大量絶滅の類似点(p196)
 ペルム紀ー三畳紀大量絶滅とジュラ紀の絶滅の類似点。LIPの噴火との関連、そして……。
 (1)海洋絶滅のふたつの主要段階は20万年から30万年続く幕間で分離され、この幕間が生命にとって一時的な休息と回復の時期となった。
 (2)海洋と大気の急激な温暖化と海面上昇の同時発生。
 (3)第一の絶滅段階は短期的な無酸素期と一致し、第二の絶滅段階は、もっと長期間続く海洋無酸素段階が始まったときに起き、この無酸素化は数百万年続いた。
 (4)炭素同位体比率の推移は軽い方へ変化し、軽い炭素が大量に大気中に供給されたことが示唆される。

●白亜紀(p204)
 パンゲアは、LIPが駆動する大災害を8000万年被ってきたが、その後の8000万年は途切れることのない目覚ましい進化の成功物語となった。
 翼の生えた恐竜が、前期白亜紀までに鳥類に進化した。
 顕花植物も、前期白亜紀に急激に繁栄した。同時にシロアリやアリ、スズメバチといった社会性昆虫も登場。
 海洋では、甲殻亜門十脚目の仲間で、カニとエビという二つのグループが誕生した。

●まとめ(p219)
〔 簡単にまとめておくと、カンブリア紀以降の生命には4つの長期的段階があった。最初の1億8000万年にわたる期間はカンブリア紀からデヴォン紀まで続き、この間は大量絶滅が起こりやすかった。それに続く石炭紀から中期ペルム紀までの期間は生物にとっては住み心地に良い1億年で、大量絶滅はなかった(LIPsもない)。それからパンゲアの時代となり8000万年の火山地獄が展開した。最後にパンゲアが分裂し、多くのLIP噴火や恐怖の隕石衝突はあったものの、1億8000万年にわたる空前の順風満帆の時代が続いた。最初のふたつの段階を議論するにはもう一冊本を執筆しなければならないが、簡単に述べておけば、最初の段階では陸上に植生がなく、初めて森林が現れるのはデヴォン紀末のことだが、このとき決定的な絶滅事象に襲われた。そしてこれらの事象の間には何らかの関連性があるのかも知れない。〕

●超大陸の環境(p220)
 パンゲアは、一般的に非常に熱く乾燥し、大気中の二酸化炭素はおおむね3000ppm程度だった。
 巨大な大陸には広大な内陸部があり、海から遠く離れているため、大した降雨がない。
 前期白亜紀までに、効率的に二酸化炭素を除去できるようになり、パンゲア時代の十分の一というレベルで平衡を維持していた。
 小さい大陸であれば、大半の地域に雨が降る。降雨によって風化が生じ、その過程で大気中の二酸化炭素を消費する。それが重炭酸イオン(HCO3-)となる。このイオンが海洋に流出し、海のアルカリ度が増加し、石灰岩の形成が促される。
 また、大陸からの表面流出は海洋へ栄養素を供給し、プランクトンの成長を促し、それによってさらに二酸化炭素の除去が進み、有機炭素として海底堆積岩に埋め込まれる。
 超大陸では、必然的に沿海域が少なくなる。沿海域には、石灰岩のもととなる炭酸塩の骨格を分泌する動物が生息している。

(2016/7/20)KG

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私たちはどこから来て、どこへ行くのか 科学に「いのち」の根源を問う
 [自然科学]

私たちはどこから来て、どこへ行くのか: 科学に「いのち」の根源を問う (単行本)

森達也/著
出版社名 : 筑摩書房
出版年月 : 2015年10月
ISBNコード : 978-4-480-81843-0
税込価格 : 1,620円
頁数・縦 : 356p・19cm


 「私たちはどこから来たのか。私たちは何ものなのか。私たちはどこへ行くのか」。ポール・ゴーギャンの代表作のタイトルよろしく、第一線で活躍する科学者たちに人間の本質を尋ねるインタビューを敢行する。
 PR誌『ちくま』に、2012年4月から2014年11月にかけて連載されたものに加筆訂正して単行本化。

【目次】
なぜ人は死ぬのだろうか―福岡伸一(生物学者)に訊く
人はどこから来たか―諏訪元(人類学者)に訊く
進化とはどういうものか―長谷川寿一(進化生態学者)に訊く
生きているとはどういうことか―団まりな(生物学者)に訊く
死を決めているのは誰か―田沼靖一(生物学者)に訊く
宇宙に生命はいるか―長沼毅(生物学者)に訊く
宇宙はこれからどうなるか―村山斉(物理学者)に訊く
私とは誰なのか―藤井直敬(脳科学者)に訊く
なぜ脳はこんな問いをするのか―池谷裕二(脳科学者)に訊く
科学は何を信じるのか―竹内薫(サイエンス作家)に訊く
私はどこから来て、どこへ行くのか―森達也に訊く

【著者】
森 達也 (モリ タツヤ)
 1956年広島県生まれ。映画監督、作家。明治大学情報コミュニケーション学部特任教授。テレビ・ディレクター時代の98年、オウム真理教の現役信者を被写体とした自主制作ドキュメンタリー映画「A」を公開。ベルリン映画祭などに正式招待される。2001年に続編「A2」が山形国際ドキュメンタリー映画祭で審査員特別賞・市民賞を受賞。11年著書『A3』で第33回講談社ノンフィクション賞を受賞。

【抜書】
●庭師の喩え(p119:長谷川寿一)
 G・C・ウィリアムズによる。生物器官の進化は、漸進的に合理的に進化してきたのではなく、時にバカバカしいことになることの喩え。
 庭にホースがあって大木がある。草木に水をやるために庭をぐるっと回って水をかけていくが、大木にホースが引っかかって最後にはホースの長さが足りなくなる。
 合理的な方法は、蛇口まで戻って反対側から回ることだが、どうしても無理矢理に同じ方向で回ろうとしてしまい、にっちもさっちもいかなくなる。

●ディプロイド(p140:団まりな)
 40億年前、地球の海でさまざまな有機分子が偶然に集合して最初の生命である原核細胞が誕生した。
 原核細胞のうち光合成細菌が、炭酸ガスと太陽光を利用してエネルギーを作り出すことに成功した。
 光合成細菌が代謝の廃棄物として放出する酸素は、当時の生物にとっては猛毒だった。DNAもダメージを受けるので、原核細胞たちは身を寄せ合い、身体を大きくして細胞質で包んだDNAを身体の内部深くに隠し始める。同時に、酸素を利用してブドウ糖からエネルギーを取り出す代謝経路を持つ原核細胞(ミトコンドリア)を、自分たちが構築した細胞内に取り込むことに成功した。
 大きくなった身体の内部をいくつかの区画に切り分け、その一つがDNAやRNAを収納する「核」となった。⇒ 真核細胞(ハプロイド細胞)の誕生
 ハプロイド細胞は、DNAを1セットしか持っていない。死なずに、永遠に分裂し続ける。
 やがて、DNAを2セット持ったディプロイド細胞が出現、より複雑な生命活動が可能になった。
 しかし、分裂回数に制限がある。そのため、ディプロイド細胞は自分の身体をいったんハプロイドに戻し、合体して新規のディプロイド細胞を作り上げることにする。⇒ 有性生殖

●28日周期(p166:田沼靖一)
 ヒトの皮膚細胞など再生する細胞は、28日間周期でどんどん分裂して、古いものは垢になって捨てられていく。
 肝臓の場合は、1年周期。
 分裂の回数には制限があり、幹細胞はだいたい60回。
 肝臓の場合、酒を飲みすぎると分裂の速度が速くなり、他の臓器が元気でも個体の死を迎える。

●アポビオーシス(p170:田沼靖一)
 アポビオーシス(apobiosis:寿死)……田沼が命名。非再生系の細胞に付与された個体消去の機能。自然の大循環の中に戻る。神経細胞は、胎児のときにどんどん分裂して増えるが、生まれたときに完成し、あとは増えない。非再生型の細胞。神経細胞は少しずつ少なくなっていき、アポビオーシスを迎える。
 アポトーシス(apotosis:自死)……再生系の細胞に備わった細胞消去の機能。個体の循環の中に戻る。

●ターミネーター(p201:長沼毅)
 生命とは、宇宙のエントロピーをより増大させるための渦。生命は、宇宙のターミネーター。終焉を迎えさせるもの。
 渦は、秩序だっているように見えて、エントロピーの増大を加速する「散逸構造」の一種。

●人工脳(p280:池谷裕二)
 コンピュータは、ヒトの「苦手」な、計算や記憶を代理させるために作られたもの。人工知能の開発とは方向性が違う。人工脳を作るには、現在のコンピュータとは違うデザインが必要。ヒトの脳の動作原理に似せた電気回路を作れば実現できるかもしれない。
 しかし、人工脳を作ろうと努力するくらいだったら、セックスして実際の子供を作ったほうが手っ取り早い。
 だから、ヒトに似せたアンドロイドを設計するモチベーションは、科学的にはほとんどない。ヒトにできない何かを代行してくれる、ヒトとは異なる機能を持ったロボットを作ったほうが、ヒト社会においてははるかに有益。
 
●ニッチ構築(p301:池谷裕二)
 人間の遺伝子の多様性は、農耕が始まった5000年前くらいに一気に増えている。劣勢の遺伝子も包摂するようになった。
 狩猟採集を行っていた2万年前ぐらいであれば、適性でない遺伝子は排除されていたはず。
 目が悪ければ、眼鏡を作る。遺伝子ではなく、環境を変える。ニッチ構築。

●一酸化二水素(p335:森)
 一酸化二水素(Dihydrogen Monoxide: DHMO)……H₂O、すなわち水のこと。

(2016/7/16)KG

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日本人はどこから来たのか?
 [自然科学]

日本人はどこから来たのか?

海部陽介/著
出版社名 : 文藝春秋
出版年月 : 2016年2月
ISBNコード : 978-4-16-390410-8
税込価格 : 1,404円
頁数・縦 : 213p・20cm


 「遺跡証拠の厳密な解釈」と「周辺地域の探索で終わらずグローバルな視座から比較する」とう方法論(p18)をもとに、日本人のルーツを探る。
 ヒマラヤの南ルートと北ルートを通って東アジアに進出したホモ・サピエンスが、東と南から日本列島に渡ったという説を唱える。

【目次】
はじめに 私たちはどこから来たのか?
第1章 海岸沿いに広がったのか?
第2章 私たち以前の人類について
第3章 ヒマラヤ南ルート
第4章 ヒマラヤ北ルート
第5章 日本への3つの進出ルート
第6章 対馬ルート、最初の日本人の謎
第7章 沖縄ルート、難関の大航海
第8章 北海道ルート、シベリアからの大移動
第9章 1万年後の再会
第10章 日本人の成立

【著者】
海部 陽介 (カイフ ヨウスケ)
 人類進化学者。1969年東京都生まれ。東京大学理学部卒業、東京大学大学院理学系研究科博士課程中退。理学博士。1995年より国立科学博物館に勤務し、現在は人類史研究グループ長。第9回(平成24年度)日本学術振興会賞。化石などを通して約200万年にわたるアジアの人類史を研究し、ジャワ原人、フローレス原人などの研究で業績をあげてきた。アジアへのホモ・サピエンスの拡散についての、欧米の定説に疑問を抱き、これまでグローバルに結び付けて考えられてこなかった日本の豊富な遺跡資料を再検討。

【抜書】
●新石器時代(p43)
 330万年前~、前期旧石器時代。30万年前~、中期旧石器時代。5万年前~、後期旧石器時代。
 約1万年前、後期旧石器時代から新石器時代への移行過程で、人類は新たな種に進化していない。
 〔新石器時代の食糧生産と定住化は、結果的に集落の組織化とそれに続く複雑な都市文明を生む呼び水となったので、旧石器と新石器の間の違いは劇的に見える。しかし両者の移行は、おそらく数千年をかけて緩やかに起こったものだし、どちらの文化も担い手は私たちホモ・サピエンスだったのである。〕

●2万年前(p51)
 2万年前頃、最近の氷期の中では最も寒かった。現在のカナダ全体とニューヨークを含む合衆国の北部が、厚く広大な1枚の氷の下に敷かれていた。海面は、現在より130mも下がっていた。

●スリランカ(p55)
 スリランカは、人類遺跡の宝庫。セイロン島からは、複数の地点で古いホモ・サピエンス化石が発掘されている。ファヒエンレナ岩陰の人骨片は、3万7000年前のもの。
 翻ってインドでは、2万年前より古いホモ・サピエンスの化石は知られていない。大部分の土地が骨の保存に適さない。

●デニソワ人(p61、注9)
〔 南シベリアで認識された“デニソワ人”と呼ばれる謎の古代型人類集団のDNAが、現代のニューギニア人などに多く混ざっているという、ちょっと不可解な報告がある。詳細は省くが、私は、これはデニソワ人そのものでなくジャワ原人由来のDNAではないかと疑っている。〕

●装飾・細石器・骨角器(p64)
 人骨石器がなくても、遺跡の考古学的調査でホモ・サピエンスらしい「現代的行動」要素が出れば、その遺跡はホモ・サピエンスのものである可能性が高くなる。
 装飾……人類最古のアクセサリーは、貝殻に穴を開けたビーズ。南アフリカ、北アフリカ、イスラエルの初期ホモ・サピエンス遺跡の13万~7万年前の地層から出土。遺跡から同定可能な人骨化石は見つかっていないが、20万~15万年前にホモ・サピエンスが出現していることを考えれば、ホモ・サピエンスのものであった可能性は極めて高い。
細石器……角や骨や木などで作った柄に溝を刻み込み、そこに石器をはめ込んで使った。異なる素材の道具を組み合わせた、複合型の道具。7万1000年前頃の細石器が報告されている。
骨角器……石に比べて弾性に富む骨や角を削ったり磨いたりして作る。細長い針状の道具を作ったり、穴を開けたり細かい細工を施せる。新しいタイプの道具。

●熱帯雨林(p66)
 サバンナに進出し、大型動物の狩猟を始めた人類にとって、熱帯雨林は住みよい環境ではない。生物多様性は高いが、木が密なので大きな動物がいない。サルやリスなどの哺乳類の多くは樹上性あるいは夜行性で捕らえにくい。
 スリランカのバタドンバレナ遺跡(3万7000~3万4500年前)では、貝のビーズ、細石器、骨角器とともに、人が食べたと思われる動物の骨が何千と見つかっている。その大半がサル。スリランカは、当時から熱帯雨林だった。高い樹上に逃げ込むサルを捕まえる何らかの技術を持っていた。

●雑な石器(p70)
 4万8000~4万7000年前までにホモ・サピエンスが登場したインドシナ半島からスンダランド。しかし、ホモ・サピエンスの時代になっても、東南アジアの人々は粗雑な石器しか作らなかった。原人の石器とも明確に区別ができないような代物。
 礫器(れっき)……石ころ(礫)の一部に数回打撃を加え、割ることによって鋭い刃をつけた石器。握りこぶしくらいの石。
 不定形剥片……石を打ち割ったときに落ちる断片で、形に一定性のないもの。
 3万~2万年前になると、スマトラリスと呼ばれる、礫の全周に刃をつけた「定型化された礫器」がみられるようになる。
 2万年前以降には、「刃部磨製石斧」や穴の開いたディスク状の石製品、装飾の証拠が出土する。ホモ・サピエンスらしくなってくる。しかし、道具の主体は礫器・不定形剥片石器。石器の小型化・定型化・著しい多様性は起こらなかった。
 南アジアでは細石刃が登場。北アジアでも、旧人とホモ・サピエンスとの間の石器文化の違いは明らか。

●寒冷地適応(p94)
 ホモ・サピエンスは、身体的な進化よりも、技術の力で寒冷地を克服した可能性がある。
 氷期のシベリアを生き抜くために、機能的な住居と衣服、火を使って暖をとる技術、食糧保存技術など。
 山頂洞(周口店遺跡群にある)で見つかった頭骨(3万4000年~1万2000年前)は、現代東北アジア人特有の「平坦な顔」という特徴がみられない。顔面形態の寒冷地適応が進んでいない。

●立川ローム層(p114)
 日本には、全国に旧石器時代の遺跡が1万個以上ある。日本旧石器学会の集計。年代的には、3万8000年前以降に集中している。
 国分寺市から杉並区に至る武蔵野台地の一角は、旧石器時代遺跡の密集地。550個ある。
 黒っぽい縄文時代の地層を掘り抜くと、その下の赤色をした立川ローム層から、石器、焚き火跡、調理を行ったと思われる焼石の集積など、人工遺物が出てくる。3万5000年前ごろ以降。人口も急増する。

●後期旧石器文化の特徴(p129)
 古本州島(本州・四国九州)の最古段階の後期旧石器文化の特徴。
 (1)台形様石器……柄に装着して穂先として使用する石器の尖端部分が、工具の平鑿状の形をしている。普通の槍の尖端は、とがっている。
 (2)刃部磨製石斧……刃の部分が砥石で磨かれている石の斧。磨くことで、刃を真っすぐ、鋭くすることができる。刃の抜き差しがスムーズになり、繰り返し打ち付ける作業に有効。木の伐採や加工などに役立つ。この石器が旧石器時代の遺跡から見つかることは、海外では稀。
 (3)環状ブロック群……石器の集積(石器ブロック)が多数、リング状に並んだ構造。テントのような住居が中央の広場を取り囲むように円形に配置されていた、集合キャンプ跡。直径が20~80mと、スケールが大きい。

●世界最古の往復航路(p141)
 伊豆半島の愛鷹山にある井出丸山遺跡で見つかった、3万7500万年前ごろの石器の中に神津島産の黒曜石が含まれていた。
 神津島まで、良質な黒曜石を求めて渡海していた。世界最古の往復航路の証拠。

●貝器(p162)
 沖縄島から南の琉球の島々からは、ほとんど石器が出てこない。沖縄の旧石器時代人は、貝殻を割った貝器を多用していた。
 旧石器時代の貝器は、北海道~九州では発見されていない。

(2016/7/10)KG

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ささえあう図書館 「社会装置」としての新たなモデルと役割
 [ 読書・出版・書店]

ささえあう図書館 「社会装置」としての新たなモデルと役割 (ライブラリーぶっくす)
青柳英治/編著 岡本真/監修
出版社名 : 勉誠出版(ライブラリーぶっくす)
出版年月 : 2016年1月
ISBNコード : 978-4-585-20039-0
税込価格 : 1,944円
頁数・縦 : 256p・19cm


 図書館と利用者および市民との新たな関係を、現場からの報告で綴る。
 社会装置として、今後も図書館が存続するためには、図書館と利用者および市民との間での幾層もの支え合いが必要であることを実例を示しながら説く。

【目次】
序章 「ささえあう図書館」とは……青柳英治
第1部 利用者が図書館をささえる
 市民とともにめざす「読書のまち恵庭」……内藤和代
 離島の小さな図書館にできること―海士町中央図書館の歩み……磯谷奈緒子
 支え合う社会をめざして―働く人々の今を支え、歴史を未来に伝えるエル・ライブラリー……谷合佳代子
第2部 図書館が利用者をささえる
 図書館は社会のセーフティネットになっているか?―「課題解決」型の図書館の視点から……小林隆志
 中之島図書館のビジネス支援―多くの人たちに支えられた一一年の軌跡……藤井兼芳
 会員制ビジネスライブラリー「BIZCOLI」の挑戦―利用者を支える図書館のデザインの実践……岡本洋幸
第3部 図書館を利用者に届ける
 視覚障害者の読書をささえて―日本点字図書館の活動……田中徹二
 「癒しと情報」の館=患者図書館―患者の視点に立ったサービス活動……菊池祐
 矯正施設の「読書」をささえる図書館サービス……日置将之
 被災地の人たちをささえる移動図書館プロジェクト―自然災害、無縁社会など、日本社会が直面する課題に向き合う……鎌倉幸子
終章 「社会装置」としての新たなモデルと役割の可能性……青柳英治

【著者】
青柳 英治 (アオヤギ エイジ)
 明治大学文学部准教授。明治大学大学院経営学研究科博士前期課程修了、筑波大学大学院図書館情報メディア研究科博士後期課程修了。博士(図書館情報学)。

岡本 真 (オカモト マコト)
 アカデミック・リソース・ガイド株式会社代表取締役・プロデューサー、オーマ株式会社代表取締役。国際基督教大学教養学部卒業。コンサルティングを担当した図書館として、富山市立図書館新本館、恩納村文化情報センター、日出町立図書館、新長崎県立図書館などがある。

【抜書】
●サピエ図書館(p148)
 2010年4月から始まった、インターネットで点字データや録音データを配信する図書館。
  システムの管理:日本点字図書館
  運営:全国視覚障害者情報提供施設協会

●矯正施設(p183)
 刑事施設188:61,768人
  《内訳》
   刑務所70:49,813人
   少年刑務所7:3,306人
   拘置所111:8,648人
 少年院(根拠法:少年院法)51:2,803人
 少年鑑別所(根拠法:少年鑑別所法)52:683人
 婦人補導院(根拠法:売春防止法)1:0人。
  合計292か所、65,254人(2015年4月現在)

●社会装置(p244)
 〔図書館は、このような地域や市民の活性化を促進する場所として機能することで、法律で規定された社会教育機関としての位置づけから、文化活動を創造する新たな「社会装置」としての役割を担い得るようになると思われる。〕

(2016/7/7)KG

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神々の系譜 日本神話の謎 読みなおす日本史
 [歴史・地理・民俗]

神々の系譜: 日本神話の謎 (読みなおす日本史)

松前健/著
出版社名 : 吉川弘文館
出版年月 : 2016年2月
ISBNコード : 978-4-642-06597-9
税込価格 : 2,592円
頁数・縦 : 257p・19cm


 日本神話学の古典的著作。1972年にPHP研究所より刊行されたものの復刊。國學院大学銃教授の平藤喜久子氏の解説がつく。

【目次】
世のはじめの神々
日・月二神とスサノヲの崇拝
高天原の神話
出雲神話の謎
二つのパンティオン
日向神話の世界
神武の東征
日本神話

【著者】
松前 健 (マツマエ タケシ)
 1922年生まれ。1943年國學院大学予科入学、まもなく応召。1946年復学。1956年國學院大学大学院修士課程修了。國學院大学、駒澤大学講師、平安博物館助教授・教授、天理大学教授、立命館大学教授、奈良大学教授を歴任。2002年没。

【抜書】
●淡路島(p21)
 イザナギ、イザナミの崇拝とその神話は、もとは淡路島の海人が伝えていたものだった。
 『延喜式』の神名帳に淡路国津名郡伊佐奈伎神社(名神大)とある。
 淡路島には、古くから海人が住み、淡路海人、野島(ぬじま) 海人、三原(みはら)海人という名で知られていた。
 オノゴロ島、淡島などの国生みの神話は、淡路が発祥の地?

●イザナミ(p35)
 『古事記』によると、イザナミを葬った神陵は、出雲の国と伯耆の国との境にある比婆(ひば)の山にあるという。この地が現在の何処なのか不明。

●オホヒルメ(p56)
 アマテル神は、全国各地に存在する太陽神。
 伊勢漁民の間に、素朴な太陽神信仰があった。それが、伊勢の天照大神の起源。もともと、男神だった。
〔 こうした漁民の素朴な太陽神に、ある時代に(恐らく五世紀の初め頃か中葉頃)、大和朝廷側で着目し、これを皇室の氏神とみなし、斎宮を派遣し、その大神の妻として奉仕させ、渡会氏や宇治土公氏のような従来からの漁民出身の社家のほかに、中臣、忌部などの官僚的な中央貴族を遣わして、この上に立たせるなど、種々な方策を取ったのであろう。この結果、アマテル神はアマテラス大神という特別な敬称をつけられて、他とは区別され、他の氏族でこれを祭ったり、幣帛を捧げたりするのを禁じたりするようになった。
 この大神の別名オホヒルメは、もともとこうした男性太陽神に仕える「日妻(ひるめ)」すなわち太陽神の妻である斎女、言いかえれば斎宮を指す語であったものが、のちに大神自身の名とされるようになり、また大神の本来の性は忘れられ、斎宮の印象の方が強くなっていって、女神となっていったのであろうと考えられる。〕

●ツクヨミ(p72)
 ツクヨミ……月日を数える、という意味。農耕の基礎となるカレンダーに関係する名。
 壱岐のツクヨミ神社が、『旧事本紀』では天月神命(あめのつきみたまのみこと)と呼ばれている。この名の方が古い月神の名前。

●スサノヲ(p74)
 スサノヲは、もともと紀伊の海人たちの奉じる神で、海や船に関係が深く、また船材としての樹木の神でもあった。
 紀伊在田郡に須佐神社があり、名神大社と格付け。出雲の須佐社よりも社格が上。
 『延喜式』『三代実録』によれば、そのほかにも、備後、播磨、隠岐などにもスサノヲを祀る神社があった。

●オホナムチ(p144)
 オホナムチ(オホクニヌシ)……出雲西部の杵築地方におこった神で、大地的・農耕的な要素に、その辺りの漁民御崎(みさき)海人などの海洋的な性格が加わった地方的霊格だった。
 古代の神は、特定の地域や特定の氏族にのみ結びついているローカルな神が多い。オホナムチは例外で、奈良末期には全国的な規模で拡がっていた。
 道後温泉の開拓者(『伊予風土記』逸文 )。
 常陸大洗の石神は、オホナムチとスクナヒコナである(『文徳実録』)。
 オホナムチとスクナヒコナが歌われた地名は、石見、筑前、紀伊などにある(『万葉集」)。
 オホナムチの名を持った神社は、大和、摂津、能登、播磨、筑前など、各地にある(『延喜式』)。
 「出雲○○神社」という名の付いた神社も、畿内、東国、四国、九州まで分布している。
 オホナムチの崇拝と神話が、一種の宗教家たちによって、宗教活動として各地に広められた新しい宗教であった。『播磨風土記』によると、出雲人と称する一群の人たちが、各地で出雲の神を祀ったり、各地を巡ったりしている。

●イハレ、トミ(p220)
 カムヤマトイハレビコ……「神聖な大和の磐余の首長」という意味。
 トミビコ(ナガスネヒコ)……「大和の鳥見の首長」を表す。
 神武伝承の原素材は、おそらく大和のイハレとトミとを代表する二人の英雄の闘争譚。

●ミケヌ(p220)
 神武天皇の別名ワカミケヌノ命またはトヨミケヌノ命、皇兄のミケヌノ命という名は、熊野と関係がある。ミケヌという名は、熊野の神の名であった。

●日本神話の成り立ち(p236)
 〔天の石屋戸の神話は、もと伊勢方面の海人達の伝えていた太陽祭の縁起譚であり、八俣大蛇は出雲地方の民俗起源の説話である。イザナギ・イザナミの国生みは、淡路方面の海人の国土創生譚である。これらの起源的に全く関係のない数多くの説話どうしが、このように前後・首尾をつなげられて、配列され、建国の由来、王朝の起源を説く、天孫降臨、および神武東征の神話の前提・伏線となっているのである。これを貫く理念は、「日の御子による国土の統治」という国家的思想であることは、確かである。
 これほどの整然たる神話体系は、他のどの民族の神話にも存在しない。こうした特徴の理由としては、津田左右吉氏や松村武雄氏なども述べているように、これらの体系が、当時いろいろな氏族や土地の伝承を、ただ漫然と集めたというのではなく、またいろいろな土地の伝承が自然に集まってできあがったというのでもなく、ある時期に、大和朝廷の特別な貴族が、人為的に手を加えて、多くの素材を、こうした形に配列し、潤色したことによるものであろう。つまり、日本神話の体系化は、皇室を中心とする中臣、忌部、大伴などの貴族が、歴史編纂事業の一環として神話をまとめ上げたことによるのである。『古事記』の序文に、天武天皇が諸家の伝えた帝紀や本辞にいろいろと虚偽が多くなったので、「邦家の経緯、王化の鴻基」すなわち国家・皇室の淵源を明らかにするため「帝紀を撰し、旧辞を討覈し、偽りを削り、実を定める」ため、『古事記』を撰録したという記事があるのは、その表われである。〕

(2016/7/2)KG

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奇跡の出版人古田晁伝 筑摩書房創業者の生涯
 [ 読書・出版・書店]

奇跡の出版人 古田晁伝 筑摩書房創業者の生涯
塩澤実信/著
出版社名 : 東洋出版
出版年月 : 2015年9月
ISBNコード : 978-4-8096-7797-7
税込価格 : 2,592円
頁数・縦 : 253p・20cm


 長野の素封家の御曹司であり、筑摩書房を創業者した古田晁の評伝。

【目次】
第1章 教育県のDNA
第2章 筑摩書房創業
第3章 日本一の本屋を
第4章 戦後の解放感の中で
第5章 乱酔と断酒の狭間
第6章 『現日』ホーマーで甦る
第7章 見事な進退
第8章 酔生夢死の願い
第9章 突如の死

【著者】
塩澤 実信 (シオザワ ミノブ)
 1930年長野県生まれ。日本ペンクラブ、日本出版学会会員。

【抜書】
●恵素武耳命(p13)
 古田家の太祖は、建御名方命(たけみなかたのみこと)4代の孫・恵素武耳命(えすたけみみのみこと)との古記録が残されている。
 三州街道沿いの御名部の森には、太祖の墓を中心に418坪の地に一族の墓廟と、太祖を祭神としての鎮守八幡宮があった。
 古田姓の係累に連なる家は多く、それぞれ屋号で呼ばれていた。晁の家系は、菊屋。

●筑摩書房(p43)
 臼井吉見の提案で、最初、社名は島崎藤村の「千曲川旅情のうた」にちなんで、「千曲書房」に決まりかけていた。
 しかし、「千曲」では「センキョク」と読まれるから、古田晁の出自の地「筑摩」がいいのではないかと、臼井の妻あやが助言し、こちらになった。
 筑摩は、万葉集の昔から由緒ある地名。旧松本高等学校(現・松本深志高校)の近くには、筑摩(つかま)神社がある。

●創業日(p65)
 筑摩書房は、創業の挨拶状の日付が昭和15年1月1日になっている。しかし、創業日は、『中野重治随筆抄』が刊行された6月18日としている。

(2016/7/2)KG

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