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文明の海洋史観
 [歴史・地理・民俗]

文明の海洋史観 (中公文庫)

川勝平太/著
出版社名:中央公論新社(中公文庫 か58-2)
出版年月:2016年11月
ISBNコード:978-4-12-206321-1
税込価格:994円
頁数・縦:356p・16cm


 1997年に中公叢書の1冊として刊行された同名書の文庫版。加筆はなく、「文庫版へのあとがき」にて刊行後の状況などを解説。

【目次】
序 新しい歴史像を求めて
起之章 「鎖国」と近代世界システム
承之章 歴史観について
転之章 文明の海洋史観
結之章 二十一世紀日本の国土構想―西太平洋の「豊饒の半月弧」に浮かぶ“庭園の島(Garden Island)”
跋 新しい生き方を求めて

【著者】
川勝 平太 (カワカツ ヘイタ)
 昭和23(1948)年、京都生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業、早稲田大学大学院経済学研究科博士課程修了。昭和60(1985)年、オックスフォード大学から博士号取得。早稲田大学政治経済学部教授、国際日本文化研究センター教授、静岡文化芸術大学学長をへて、平成21(2009)年より静岡県知事。平成8年『富国有徳論』でアジア太平洋賞(特別賞)、平成10年『文明の海洋史観』で読売論壇賞を受賞。

【抜書】
●勤勉革命(p18)
 近代世界システム=産業革命……資源消費型、資本集約型。
 近世江戸社会=勤勉革命……資源節約型、労働集約型。

●知恵蔵(p21)
 〔世界大の諸問題に大国日本は無関心を装える立場にはない。問題解決に貢献しなければならない。そのために迂遠のようだが、近世江戸社会をグローバルな観点から見直すことに、鍵があるように思われる。気づかれていないが、近世江戸社会の知恵蔵はまだ半開きである。グローバルな観点からその知恵蔵を開けるときがきたように思われる。〕

●醤油(p39)
 日本は、醤油のお陰で、東南アジアの香辛料に頼らずに済んだ。世界のほとんどの地域の料理には、香辛料が必要。
 醤油は、鎌倉時代に日本で独自に発明された。禅僧が中国からもたらした径山(金山)寺味噌の製造過程で出る溜(たまり)を改良。室町時代以降に広く普及する。

●14世紀の危機(p49)
 ウォーラーステイン『近代世界システム』。ヨーロッパ世界経済は1450~1640年頃に大西洋を囲む大陸で中核、半辺境、辺境の三重構造をもって成立する。その原因は、14世紀のヨーロッパ全域に起きた「危機」である。
 14世紀の危機……技術進歩のない封建制の元での土地の疲弊、戦争の勃発、14世紀半ばからヨーロッパ全土を間欠的に襲った疫病。
 14~15世紀、ユーラシア大陸は寒冷な気候だった。
 疫病説……マクニール。ヨーロッパの人口の三分の一が失われた。信心深き者も神に仕える者も無差別に襲った疫病は、中世の権威であった宗教に対する懐疑を生み、その原因を求める中から近代の科学精神の土台が作り出された。また、薬として利用されていた胡椒や香辛料を求めて地理上の拡大がもたらされた。

●イスラムの湖水(p182)
 アンリ・ピレンヌ(1862-1935)、ベルギーの歴史家。「マホメットとシャルルマーニュ」(佐々木克巳編訳『古代から中世へ』創文社歴史学叢書、1975年)。
 ヨーロッパ古代と中世との画期は、北方の蛮族によるローマ文明の破壊ではなく、南方から襲ったイスラム勢力の外圧である。地中海は、古代にあっては「ローマの湖」だったが、中世には「イスラムの湖水」になり、ヨーロッパは閉め出された。
 シャルルマーニュ率いるキリスト教軍がツール・ポアチエの戦い(733年)でイスラム軍を破り、両者はピレネー山脈を挟んで対峙することになった。ヨーロッパは、陸地に閉じ込められることになり、文化的統一体としての形を整えた。それが中世。「イスラームなくしては、疑いもなくフランク帝国は存在しなかっただろうし、マホメットなくしては、シャルルマーニュは考えることができないであろう」(ピレンヌ)。
 フランク帝国は9世紀から11世紀まで封鎖状態に置かれた内陸国家だったので、必然的に土地が唯一の富の源泉となる新しい経済秩序すなわち封建制を生み出さざるを得なかった。

●倭寇の時代(p195)
 14~16世紀の300年間は、倭寇の時代。元寇の失敗で、中国はシナ海の制海権を失い、日本が海洋進出する。
 豊臣秀吉の朝鮮出兵の失敗により、海洋志向が終焉。
 関ケ原の合戦(1600年)により、海洋志向の西軍が陸地志向の東軍に敗れる。⇒ 鎖国、海禁へ

●港市システム(p211)
 15~16世紀の東南アジア海域は、アラブ・イスラム文明、ヒンズー文明、中華文明等から多数の商人がそれぞれの文明の諸物産を持って訪れ、「商業の時代」を現出した。
 東南アジアの海洋ネットワークは「港市(port of trade)」システムと呼ばれる自由な交易システム。
 18世紀後半から東南アジアに進出したイギリス商人(カントリー・トレイダー)は、港市システムに倣い、本国政府に向かって自由貿易を主張、東インド会社の貿易独占に反対して、ついに解散に追いやった。彼らはイギリスの自由貿易の担い手になる。ジャーディン・マセソン、スワイヤーなど。
 自由貿易の原型は東南アジア。

●太平洋=多島海(p223)
〔 西太平洋は、日本のほか、フィリピンやインドネシアなど、世界で最も多くの島からなる世界である。それはまさに島的世界である。島は海を存在の条件としており、さまざまな陸地世界とさまざまな海域世界を併せ持つ世界として太平洋は「多島海」と言えるだろう。アメリカも中国も、ますます自己完結できなくなり、相互依存のネットワークのなかに組み込まれ、太平洋全体が多島海的世界として形成される可能性が高い。〕

●無主(p225)
〔 情報革命は近代のパラダイム転換を生むものと予想される。まず、私的所有権が富国の基礎であった「近代」が終わる可能性がある。情報は分けても減らず、分けると増えつつ共有される。情報は個人の排他的な所有には適さない。情報は共有を志向する。情報に関わる権利・義務関係や私的所有権の脈絡で「知的所有権」として議論されているが、情報の帰属は所有権として処理するのはなじまない。現在進行中の情報化の波は近代のパラダイムを支えてきた私的所有権の根幹をゆるがす可能性をはらんでいる。なぜなら、情報や知識は譲渡によってはなくならないし、不動産や動産(物)のような形がないので、移動の事実を確定しがたいからである。また、新しい情報の帰属権が誰にあるかを決定するのも、情報の所有権の侵害を防止したり確認するのも、容易ではない。情報はより多くの人に所有(共有)される運動をはらんでいる。いいかえれば、誰の排他的所有にもならないことを本質とする情報は、無主であることを求める。それは海洋のもっている性質に近い。そのひろがりはグローバル(地球大)である。地球大に広がりうるものは、すべての者のものであるとともに、誰のものでもない。高度情報化によって社会内部、社会間のネットワークの密度が濃くなることが、陸に根を張ることによってある種の排他的性格をもっている陸地史観の歴史像をなしくずしにしていくであろう。文明の海洋史観の試みはこのような地球時代的状況と無縁ではない。〕

●『東西文明之調和』(p232)
 大隈重信は、晩年、「東西文明の調和」をとなえ、それを実践するために1908年に大日本文明協会を創設し、数百巻の文明叢書を刊行した。
 〔佐藤能丸『近代日本と早稲田大学』(一九九二年 早稲田大学出版部)によれば、明治初期の明六社、自由民権期の共存同衆の活動の比ではなく、世界文明の発展に寄与しうる国民を育成しようとした国民的文化運動であった。〕
大隈重信『東西文明之調和』1922年。大隈没年の出版。おもにギリシャ・ローマ文明に対し、東洋古代の仏教・儒教を意識。東洋文明は精神文明として自覚されている。
 脱亜入欧の福沢諭吉とは対照的。

●敗戦(p269)
 日本は、戦争で負けた相手国のシステムを受容し、相手から離脱して自立するという過程を繰り返してきた。
 ① 白村江の海戦で唐に敗れ、「倭国」が滅び、唐の政治システムを取り入れて「日本」という国号を定めた。天皇の称号を作り、都城制、律令、正史という唐の政治システムの三本柱を入れた。
 ② 秀吉が日明戦争で敗れると、明の経済システムを入れて、中国に勝る経済社会を作り上げた。
 ③ 薩英戦争、下関戦争で敗れると、西欧の軍事システムを取り入れた。海軍はイギリス流、陸軍はフランス流→ドイツ流。普仏戦争でフランスが敗れたことにより転換。
 ④ 第二次世界大戦後は、アメリカの生活文化、民主主義を取り入れた。

(2017/4/15)KG

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