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顎関節症は自分で治せる!
 [医学]

顎関節症は自分で治せる!
 
齋藤道雄/著
出版社名:主婦の友社
出版年月:2017年4月
ISBNコード:978-4-07-422988-8
税込価格:1,296円
頁数・縦:191p・19cm
 
 
 顎関節症を改善するためのブランコ運動(開口運動)や、顎関節症の原因となりやすい歯ぎしりや食いしばりを誘発するストレスを解消するためのリラックス法を紹介。
 
【目次】
第1章 顎関節症を治すブランコ運動とイメージ療法
 下あごの骨は関節円板からぶら下がったブランコのような構造になっている
 上あごに舌をつけて口を開閉すると、下あごの骨がブランコのようにゆれる
  ほか
第2章 顎関節症が起こる原因と治療
 あごにある関節円板が顎関節をスムーズに動かす
 咀嚼筋のバランスが崩れると、顎関節の動きに問題が出てくる
  ほか
第3章 顎関節症を自力で治す方法
 顎関節症を自分で治すには?ブランコ運動が治療の基本
 歯ぎしりのある人は必ず行う。野球理論で歯のズレがすぐわかる
  ほか
第4章 痛みが消えた、歯ぎしり・食いしばりが治った 顎関節症が自分で治せた!体験談
 あごがカックンと鳴る症状がブランコ運動を続けたら解消し、口も大きく開くようになった
 あごの激しい痛みがブランコ運動で解消し、歯ぎしり、食いしばりも自律訓練法で改善!
  ほか
第5章 顎関節症の再発を防ぐ生活習慣
 片側だけで噛んでいないか?噛みグセを直してバランスを整える
 やわらかい食品だけではダメ。噛みごたえのあるものを食べる
  ほか
 
【著者】
齋藤 道雄 (サイトウ ミチオ)
 1949年岩手県生まれ。東京医科歯科大学第2口腔外科助手・柏厚生総合病院歯科・口腔外科部長、副院長を経て、齋藤ファミリーデンタル院長。医学博士。口腔疾患に対する統合医療など予防医学普及のために執筆・講演などさまざまな活動を行っている。
 
【抜書】
●合谷、完骨(p120)
 合谷(ごうこく)……痛みを和らげるツボ。手の人差し指と親指の骨が合流するところから、やや人差し指寄りにある。この辺りを触っていくと、くぼみが見つかる。反対の手の親指で強く押すと、ジーンとくる場所が合谷。痛みがつらいときに押すと効果がある。
 完骨(かんこつ)……筋肉の緊張を和らげてリラックスしたいときに、指で回転させるようにして刺激する。耳の下の後ろ側にある出っ張った骨のくぼんだところ。
 
(2017/5/28)KG
 
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国家は破綻する 「日本は例外」にはならない!
 [経済・ビジネス]

国家は破綻する 「日本は例外」にはならない!
 
藤巻健史/著
出版社名:幻冬舎
出版年月:2016年11月
ISBNコード:978-4-344-03027-5
税込価格:1,296円
頁数・縦:303p・18cm
 
 
 出口戦略なき「異次元の質的量的緩和」を批判する。日本経済はいずれハードランディングせざるを得ない、ハイパーインフレがやってくる、ということを、明るく説き起こす。円が暴落した後、円安のお陰で日本経済は復活するでしょう、とのご託宣である。
 そこで今、庶民がすべきこと、それは、資産の一部を米ドルに換えること。米ドルのMMFを買いなさい、と説く。これからしばらくは、財テクで「儲けようとする」時期ではなく、「資産を守る」時期なのだから。
 
【目次】
序章 今後10年に何が起きるか
第1章 「異次元の緩和」の恐ろしい真実
第2章 なぜ日本の株価だけ上がらないのか
第3章 お金の流れが見えると経済がわかる
第4章 「異次元の質的量的緩和」はこんなに危険!
第5章 マイナス金利政策はいいのか、悪いのか?
第6章 「異次元の量的緩和」は「日銀の国債引き受け」そのもの
第7章 政府と日銀のバランスシートを統合するとわかること
第8章 今の低金利は異常事態!
第9章 識者も財政破綻を警告している
第10章 日本の財政は世界的にもこんなに悪い!
第11章 崩壊しつつある日本経済
第12章 景気回復で財政は再建できるのか
第13章 マイルドな通貨安が最高の景気対策である
第14章 そもそもアベノミクスとは何だったのか
第15章 穏やかなインフレによる財政再建は可能か?
第16章 今の量的緩和に出口はない!
第17章 FRBと日銀の出口戦略は何が違うのか
第18章 量的緩和をするなら米国債を購入すべきだった
第19章 財政破綻はいつ来るか?
第20章 なぜ日本の財政はここまで悪化したのか
第21章 マネーを守るためにもドルを買え!
 
【著者】
藤巻 健史 (フジマキ タケシ)
 1950年東京生まれ。一橋大学商学部を卒業後、三井信託銀行に入行。80年に行費留学にてMBAを取得(米ノースウエスタン大学大学院・ケロッグスクール)。85年米モルガン銀行入行。東京屈指のディーラーとしての実績を買われ、当時としては東京市場唯一の外銀日本人支店長に抜擢される。同行会長から「伝説のディーラー」のタイトルを贈られる。2000年に同行退行後は、世界的投資家ジョージ・ソロス氏のアドバイザーなどを務めた。1999年より2011年まで一橋大学経済学部で、02年より08年まで早稲田大学大学院商学研究科で非常勤講師として毎年秋学期に週1回半年間の講座を受け持つ。日本金融学会所属。現在は、日本維新の会所属の参議院議員(全国比例区)。東洋学園大学理事。
 
(2017/5/26)KG
 
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中国のフロンティア 揺れ動く境界から考える
 [社会・政治・時事]

中国のフロンティア――揺れ動く境界から考える (岩波新書)
 
川島真/著
出版社名:岩波書店(岩波新書 新赤版 1652)
出版年月:2017年3月
ISBNコード:978-4-00-431652-7
税込価格:886円
頁数・縦:224p・18cm
 
 
 発展途上国による発展途上国に対する援助。中国は、アフリカ諸国その他に対して行っている援助をそう位置付けているようだ。援助を受ける側にしても、かつての支配者であったヨーロッパの先進国よりも、同じ立場にあった中国のほうにシンパシーを感じるのかもしれない。中国が行うアフリカ支援は、資源確保や世界支配の布石といった中国側の事情のみを取り上げるのではなく、援助を受ける側の「心情」も忖度して考える必要がある。
 そんなことを考えながら、アフリカ、東チモール、金門島と中国との関わりに関する本ルポを読んだ。
 
【目次】
序章 フロンティアから中国を考える
第1部 アフリカの中国人、中国のアフリカ人
 第1章 アフリカの「保定村」物語―中国人農業移民
 第2章 広州のアフリカ人街―中国に進出するアフリカ商人とその苦衷
 第3章 雑誌『非洲』の世界―中国の“公共外交”
第2部 マラウイはなぜ中国を選んだのか
 第4章 マラウイと中国の国交正常化
 第5章 マラウイと台湾の断交
第3部 溢れ出す中国―周辺外交の舞台
 第6章 中国・ASEAN南寧博覧会参観記
 第7章 二一世紀の援蒋ルート―雲南・ミャンマー国境
 第8章 東チモールから見る中国―マカオ・フォーラムと葡語スクール
第4部 中華圏の内なるフロンティア―金門島から見る
 第9章 金門島の経験した近代
 第10章 金門アイデンティティを求めて
終章 運動体としての中国をとらまえること
 
【著者】
川島 真 (カワシマ シン)
 1968年神奈川県横浜市生まれ。1997年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学、博士(文学)。現在、東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻教授(国際関係史)。専攻は中国近現代史、アジア政治外交史。
 
【抜書】
●マカオ・フォーラム(p153)
 正式名称:中国-葡語国家経貿合作論壇(澳門)。
 ポルトガル語圏の国と、中国とが経済貿易協力を目指す組織。第1回の閣僚会議が2003年10月に開かれ、「経貿合作行動綱領」(10月13日)という基本文書を採択した。
 構成国は、中国、ポルトガル、ブラジル、東チモール、アンゴラ、モザンビーク、カーボベルデ、ギニアビサウ。
 
(2017/5/26)KG
 
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ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させた
 [自然科学]

ヒトとイヌがネアンデルタール人を絶滅させた
 
パット・シップマン/著 河合信和/監訳 柴田譲治/訳
出版社名:原書房
出版年月:2015年12月
ISBNコード:978-4-562-05259-2
税込価格:2,592円
頁数・縦:289p・20cm
 
 
 さまざまな分野の研究成果を引用し、犬の家畜化がネアンデルタール人の絶滅に影響したとの仮説を展開する。
 
【目次】
第1章 わたしたちは「侵入」した
第2章 出発
第3章 年代測定を疑え
第4章 侵入の勝利者は誰か
第5章 仮説を検証する
第6章 食物をめぐる競争
第7章 「侵入」とはなにか
第8章 消滅
第9章 捕食者
第10章 競争
第11章 マンモスの骨は語る
第12章 イヌを相棒にする
第13章 なぜイヌなのか?
第14章 オオカミはいつオオカミでなくなったのか?
第15章 なぜ生き残り、なぜ絶滅したか
 
【著者】
シップマン,パット (Shipman, Pat)
 ペンシルヴァニア州立大学名誉教授。古人類学の専門家。著書に『人類進化の空白を探る』(ローヌ・プーラン科学図書賞受賞/アラン・ウォーカーとの共著/河合信和訳/朝日新聞社)ほか多数あり。
 
河合 信和 (カワイ ノブカズ)
 1947年、千葉県生まれ。1971年、北海道大学卒業。同年、朝日新聞社入社。2007年、定年退職。進化人類学を主な専門とする科学ジャーナリスト。旧石器考古学や民族学、生物学全般にも関心を持つ。
 
柴田 譲治 (シバタ ジョウジ)
 1957年生まれ、神奈川県出身。翻訳業。
 
【抜書】
●最小存続可能個体数(p20)
 哺乳類の最も小さな個体群(最小存続可能個体数:MVP)は1,000個体と考えられている。
 1,000個体以下になると、近親交配のせいで遺伝的多様性が消失し、有害な突然変異が高頻度で生じるようになる。
 また、小規模集団は大きな集団よりもハリケーンや伝染病、干ばついった偶発的な事象に対しても脆弱になる。
 MVPは、約100年後に95%の確率で生存していることを条件に定義されている。
 
●K戦略種(p81)
 生物の繁殖に関する戦略。「K」は、環境収容力を示す数式記号Kにちなんでいる。
 出産間隔が長くゆっくりと繁殖し、一度に生まれる子の数も少なく、未熟なまま生まれるため、親による手厚い世話が欠かせない。
 誕生時から「学習」が重要になる。
 肉食動物や類人猿にしばしばK戦略種が存在し、資源に制約がある場合、K戦略種は強力な競争相手となる。
 
●r戦略種(p82)
 個体数の成長速度の記号rにちなんだ名称。
 多くの子を産み、急速に繁殖し、子どもは大人と同じように動き、食べ、コミュニケーションをとり、行動する。ヌーは、誕生後数分で走り出し、乳を飲むようになる。
 
●グレイザー、ブラウザ―(p83)
 草食動物の3分類。
 (1)グレイザー……草を食べる種。
 (2)ブラウザー……木の葉を食べる種。
 (3)果実食種。
 
●ギルド(p84)
 〔生態学者はよく「同じギルドに属するふたつの種は競争する」といった言い回しをする。〕
 大型捕食者のギルド、グレイザーのギルド、ブラウザーのギルド、etc。
 
●ネアンデルタール人の食事(p87)
 マックスプランク進化人類学研究所のマイケル・リチャーズと、ワシントン大学のエリク・トリンカウスの研究。13件のネアンデルタール人の同位体分析。約12万年前~3万7000年前(未較正)の骨。
 成人ネアンデルタール人の食事に含まれるたんぱく質は、すべて、主に大型陸上哺乳類のものだった。遺跡付近に生息していたノウマ、アメリカアカシカ、トナカイ、オーロックスなど。
 同地域の頂点捕食者ホラアナライオン、オオカミ、ハイエナと非常によく似ていた。
 長い生存期間中、非常に安定した食習慣を維持し、自らが位置する栄養段階に適応していた。
 ネアンデルタール人が海洋性の食物を多く食べていた証拠は見つかっていない。
 現生人類も大型陸上動物を食べていたが、食物の内容はネアンデルタール人よりずっと多彩だった。
 
●体重と獲物(p148)
 捕食者の体重と獲物の動物の大きさの関係は、哺乳類では一定している。
 ・体重21.5kg以下の肉食動物は、主に自分の体重の45%以下の獲物を主食とする。
 ・体重21.5kg以上の肉食動物は、主に自分の体重の45%以上の獲物を食べる。概ね50kgの哺乳類捕食動物は、約59kgの獲物に狙いを定める。
 この体重による分類は、139種の肉食動物の92.1%にあてはまる。
 ・小型肉食動物の四分の三は雑食で、脊椎動物の肉だけでなく昆虫や植物も食べる。大型肉食動物の半数以上は、脊椎動物しか食べない。例外は、雑食のクマとその近縁種。
 
●毛皮(p170)
 グラヴェット期のマンモス骨が大量に出土する遺跡から、大量のオオカミの骨、ホッキョクギツネやノウサギなどの骨も見つかる。これらは厚い毛皮を持つ動物で、このころ現生人類の祖先は毛皮を利用していた。骨製の針に穴を空けて毛皮の縫い合わせをしていた。衣服を作り、敷物を作って暖かく寝ていた。
 
●家畜化(p256)
〔 5万年前から今日に至るまで、現生人類が圧倒的な侵入者となり得たのは、家畜化という前例のない他種との連帯形成能力が要因のひとつだったと私は考えている。私たちはオオカミを家畜化してイヌを生み出し、ずっとあとには野生ムフロンをヤギにし、オーロックスをウシに、リビアネコをイエネコに、さらにウマを高速輸送システムに変えた。わたしたちは他の種の形質を借り受ける能力を独自で生み出し、それらを利用して地球上のどんな生息地でも生き残れる能力を身に着けた。〕
 
●ネアンデルタール人の絶滅(p257)
〔 気候変動と新たな能力を身につけた現生人類の到着が重なりその影響が同時に作用したこと、それがネアンデルタール人絶滅の原因だと私は考えている。〕
〔 ネアンデルタール人の食生活や石器が絶滅前の数十万年間まったく変わっていなかったことを考えれば、ネアンデルタール人は自らの独自世界にこだわり、新たな技術を開発することにも生活様式を変えることにも積極的ではなかったらしい。現生人類と他の頂点捕食者(オオカミイヌ)との他に類を見ない連帯は、ネアンデルタール人と他の多くの捕食者の生存を不可能とする最終戦略となったのかもしれない。気候変動に新たな激しいギルド内競争が組み合わさったことが、ネアンデルタール人らに重大な困難をもたらしたのだ。考古学的また古生物学的記録からみえてくる状況は、頂点捕食者の出現による典型的な栄養カスケードにそっくりだ。この栄養カスケードが起きたからこそ、気候変動によって他のすべての種の間の相互関係が変化することになったのではないだろうか。〕
 
(2017/5/21)KG
 
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疑問に迫る日本の歴史 原始・古代から近現代までを考えながら学ぶ
 [歴史・地理・民俗]

疑問に迫る日本の歴史
 
松本一夫/著
出版社名:ベレ出版
出版年月:2017年1月
ISBNコード:978-4-86064-499-4
税込価格:1,728円
頁数・縦:325p・19cm
 
 
なぜそれは起こったのか、疑問に答えながら日本史の側面・裏面を解説する。原始・古代から近現代まで、全40題。
教科書では出てこない歴史のとらえ方を学べる一冊。
 
【目次】
第1部 原始・古代
縄文人の知恵
邪馬台国論争はなぜ決着しないのか
ほか
第2中世
鎌倉幕府の成立はいつか
武士どうしの争いでもあった承久の乱
ほか
第3部 近世
織田信長は本当に天下統一をめざしたのか
豊臣秀吉の情報戦略
ほか
第4部 近現代
世界史から見たペリー来航
近代国家は江戸末期に準備されていた―綿工業の視点から
ほか
 
【著者】
松本 一夫 (マツモト カズオ)
1959年生まれ。1982年慶應義塾大学文学部を卒業後、栃木県の高校教員となり、20年間日本史、世界史等を担当する。専門は日本中世史。2001年博士(史学)。國學院大學栃木短期大学、宇都宮大学等で非常勤講師を務めた。その後、栃木県立文書館等を経て現在は栃木県立上三川高等学校長。南北朝期の軍事関係史を研究する一方で、日本史教育の実践的研究にも取り組む。
 
【抜書】
●麦、米(p16)
岡山県姫笹原遺跡から出土した縄文中期の土器から、イネ科植物の葉に含まれるプラントオパールが検出された。
九州や山陽地方の後期・晩期の縄文遺跡から、米や麦の粒そのものが見つかっている。
米や麦は、弥生時代以前の早い時期に日本に伝わっており、一時期、原始的な農耕も行われていた。
しかし、日本の豊かな自然は、農耕に頼らなくても狩猟採集生活に困らなかったので、農耕が普及しなかった。
稲作は、梅雨を経て育成期に高温となる日本の気候に最も適し、収量も豊かだったので、この生業方式が大陸から入ってきたときに初めて農業社会に移行した。
縄文人がスムーズに農業技術を習得した理由……定住が進み、すでに相当な計画性をもって食料調達ができていた。アク抜きなど手間のかかる作業を通じ、勤勉さを身に着けていた。エゴマやヒョウタンなど、一定の植物栽培の知識がすでにあった。工夫された道具類が残されていることから、手先が器用だった。
 
●歌あわせ(p77)
和歌が文芸の中心となったのは9世紀末。貴族の間で、左右に分かれて歌の優劣を競う「歌あわせ」が盛んとなった。905年『古今和歌集』以後、朝廷が次々と勅撰和歌集を編纂していった。
(しかし、すでに783年ごろ(?)『万葉集』が成立していた)
 
●犬小屋(p206)
徳川綱吉の時代、元禄8年(1695年)10月、幕府は四谷、大久保、中野に大規模な犬小屋を作り、江戸町方の野犬を収容した。
中野の犬小屋は16万坪、東京ドームの約11倍。すぐに手狭となり、翌年10万坪の施設を増築。25坪の犬小屋が290棟、7.5坪の日除け場が295棟、子犬養育所が495か所設けられた。最大10万匹が収容されていた。
 
●四木三草(p214)
戦国時代以来、農民たちは米以外にも四木三草(しぼくさんそう)と呼ばれる、収益性の高い商品作物を栽培していた。
四木……茶、桑、楮(こうぞ)、漆
三草……麻、紅花、藍
 
●演歌(p270)
演歌は、もともと明治の自由民権運動において弁士たちが演じたパフォーマンスが起源。川上音二郎の「オッペケペ節」など。演説歌。
大正期に入ると、「カチューシャの唄」「船頭小唄」など、大衆芸能化していく。
現在の演歌は、これらとの直接のつながりはなく、1950年代ごろから民謡や浪曲などをベースに作り上げられてきた。
 
●象徴天皇(p307)
昭和21年2月に新聞各紙に発表された調査結果によると、一般国民はすでに「象徴天皇制」の考え方を持っていた。
天皇制支持91%。このうち天皇主権支持16%。天皇が政治から離れ、民族の総家長、道義的中心となることを指示した人は45%。
 
●表彰台(p320)
1964年の東京オリンピックで、開催間際になって表彰台を準備していないことに気づく。
組織委員会は、どの部門で作るかも決めておらず、結局、何でも屋のようになっていたデザイン室に急遽依頼。
デザイナーは、とにかく間に合わせるために、メモ程度の設計図を作り、仕事場から最も近い工務店に駆け込む。
職人はその設計図をちらりと眺め、「オリンピックか」とつぶやき、すぐに作業に取り掛かった。ごく短期間で、揺れも軋みもしない、完璧な強度を持つ表彰台を仕上げてしまった。
この時デザイナーは、日本の職人の持つ技術の高さに大いに感嘆した。
 
(2017/5/18)KG
 
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窓がない部屋のミス・マーシュ
 [文芸]

窓がない部屋のミス・マーシュ 占いユニットで謎解きを (角川文庫)
 
斎藤千輪/〔著〕
出版社名:KADOKAWA
出版年月:2017年4月
ISBNコード:978-4-04-105260-0
税込価格:605円
頁数・縦:282p・15cm
 
 
 「マーシュ」とは、欧州原産オミナエシ科の1年草のことらしい。日本名「ノヂシャ」、ドイツ語名「rapunzel(ラプンツェル)」。すなわち、『塔の上のラプンツェル』ならぬ、「窓がない部屋に閉じ込められた」ラプンツェルである。
 いや、「閉じ込められた」というのは正確ではない。このミステリーの主人公の17歳の少女は、「引きこもり」なのである。17歳にしては驚異的な知識と推理力を持つ神秘的な少女と、29歳の元OL「占い師さん」が繰り広げる、一風変わった推理小説である。
 推理小説といっても殺人事件などが起こるわけではないが、ホームズばりの推理と少女のキャラクターが魅力的なエンターテインメントに仕上がっている。
 神秘的な少女の謎解きも終わったところで、続編からは本格的な占い推理を期待したい。
 
【著者】
斎藤 千輪 (サイトウ チワ)
 東京都出身。映像制作会社を経て、現在放送作家・ライター。2016年に「窓がない部屋のミス・マーシュ」で第2回角川文庫キャラクター小説大賞・優秀賞を受賞してデビュー
 
(2017/5/13)
 
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知らなかった、ぼくらの戦争
 [歴史・地理・民俗]

知らなかった、ぼくらの戦争
  
アーサー・ビナード/編著
出版社名:小学館
出版年月:2017年4月
ISBNコード:978-4-09-388508-9
税込価格:1,620円
頁数・縦:255p・19cm
 
 
 2015年4月~2016年3月に放送された、文化放送の「アーサー・ビナード『探しています』」という番組の中で、戦争体験を語ってくれた23名のインタビューを採録し、加筆・修正したもの。
 日系人あり、有名人あり、市井の人あり、また、地域的にもアメリカ、東京名古屋広島、長崎、沖縄と、インタビュイー選びの幅の広さが際立っている。
 出版時点での物故者も数名いる。だからこそ、いま聞いておかなければ、という著者の思いが伝わってくる。
 また、アメリカ人でありながらアメリカ政府の姿勢を批判的に解釈する姿勢も本書の重要な視点と言える。
 
【目次】
第1章 「パールハーバー」と「真珠湾」と「真実」
 マリは蹴りたしマリはなし(栗原澪子)
 「空母は何隻いたのか?」(原田要)
 あの日からぴたりと白人客は来なくなった(リッチ日高)
 ミシガンのセロリ畑で聞いた「無条件降伏」(浜坂米子)
 生まれた集落の名前は「鯨場(くじらば)」(鳴海冨美子)
 
第2章 黙って待っていたのでは、だれも教えてくれない
 まだあげ初めし前髪の乙女たちは毒ガス島で働いていた(岡田黎子)
 「君は狭間という日本語を知っているか」(飯田進)
 それでもくたばるのはイヤだから(西村幸吉)
 硫黄島は墓場である(秋草鶴次)
 十五歳で日本海軍特別年少兵(西崎信夫)
 
第3章 初めて目にする「日本」
 「外地」は一瞬にして「外国」となった(ちばてつや)
 「日本という国が本当にあった!」(宮良作)
 「疎開」の名の下に「うっちゃられた」(平良啓子)
 
第4章 「終戦」は本当にあった?
 八月十五日は引っ越しの日?(三遊亭金馬)
 ストロボをいっぺんに何万個も(大岩孝平)
 昼飯のだご汁をつくり始めたら(松原淳)
 津々浦々に投下されていた「原爆」(古内竹二郎)
 
第5章 一億総英会話時代
 GHQは東京日比谷で朝鮮戦争の業務を遂行(篠原栄子)
 公園はすべてを見てきた(小坂哲瑯)
 流れに「のっていく」ぼくらの今と昔(高畑勲)
 
【著者】
ビナード,アーサー (Binard, Arthur)
 詩人。1967年、アメリカ・ミシガン州生まれ。ニューヨーク州のコルゲート大学で英文学を学び、1990年の卒業と同時に来日、日本語での詩作を始める。詩集『釣り上げては』(思潮社)で中原中也賞、『日本語ぽこりぽこり』(小学館)で講談社エッセイ賞、『ここが家だ―ベン・シャーンの第五福竜丸』(集英社)で日本絵本賞を受賞。
 
【抜書】
●隔離(p39)
〔 一九四〇年代の初め、多くの日系人はまじめに働き、それぞれの地域社会に貢献しながら日々、白人とも黒人ともラテン系とも中国系の人々とも触れ合っていた。そうすると「ジャパニーズも人間なんだなぁ」と、みんな日常生活の中で確認することになる。そんな状況がつづけば、焼夷弾で日本人を万人単位で焼き殺すような作戦は喜ばれず、非難されかねない。ましてや無防備の民間人に原子爆弾を投下するなんて、支持を得られる行為ではまったくない。
 だからこそ日系人を癌細胞のように扱い、アメリカ社会からさっさと摘出したのだろう。
 だれも彼らの人間性に触れることができないように、荒れ地のキャンプに閉じ込めて隔離したわけだ。一九四一年から大々的に始まった「ジャップ」を蔑むプロパガンダのネガティブキャンペーンにも、そんな狙いが透けて見える。〕
〔いずれにせよ、アメリカと日本の関係を考える際、アメリカ政府が日系人に対して行ったことを外してはならないと思う。今までそれが外されてきて、日米の歴史は盲点だらけだ。〕
 
●Little boy、Fat man、Pumpkin(p198)
 Little boy……広島に落とされたウラン弾。ウラン弾は、この1発だけであった。
 Fat man……長崎に落とされたプルトニウム弾。
 Pumpkin……Fat manと同型の爆弾。1万ポンド(5トン)爆弾。長崎に原爆を落とす前に、実験として日本各地30都市に49発が投下された。
 
(2017/5/13)KG
 
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宣教師ザビエルと被差別民
 [歴史・地理・民俗]

宣教師ザビエルと被差別民 (筑摩選書)
 
沖浦和光/著
出版社名:筑摩書房(筑摩選書 0139)
出版年月:2016年12月
ISBNコード:978-4-480-01647-8
税込価格:1,620円
頁数・縦:219p・19cm
 
 
 フランシスコ・ザビエルとイエズス会の宣教師たちは、身分社会で打ち捨てられた下層民を主な対象として、布教活動に専念した。そのため、非人や癩病患者の信徒が多かった。
 ちなみにザビエルは、1549年に日本にやってきて、1551年11月に去っている。その期間は2年あまりであった。その後中国を目指したザビエルは、広東の沖合の小島で没し、そのミイラ化した遺体は、インドのオールド・ゴアのボン・ジェズ教会に今でも安置されているという。
 
【目次】
第1章 “宗教改革”と“大航海時代”の申し子・ザビエル
第2章 ザビエルを日本へと導いた出会い
第3章 ゴアを訪れて
第4章 ザビエルが訪れた香料列島
第5章 戦国時代の世情と仏教
第6章 ザビエルの上陸とキリスト教の広がり
第7章 戦国期キリシタンの渡来と「救癩」運動
第8章 オランダの台頭
第9章 賎民制の推移
第10章 「宗門人別改」制と「キリシタン類族改」制
 
【著者】
沖浦 和光 (オキウラ カズテル)
 1927年大阪生まれ。東京大学卒業。専攻は比較文化・社会思想史。桃山学院大学名誉教授。日本国内の多くの被差別部落を訪れ調査を行った。また、アジア各地の賎民文化についても数多く調査・研究をつづけた。2015年没。
 
【抜書】
●旃陀羅(p116)
 旃陀羅(せんだら)……梵語チャンダーラの音写語。もともとインド亜大陸の先住民を指した。6世紀ごろから「浄・穢」観に基づく身分体系として形成されたヒンドゥー教のカースト制度では、チャンダーラが「不殺生戒」を犯す「穢れた民」の代名詞とされた。つまり、穢れにかかわる「不可触民」とされた。
 日蓮は、自らを「片海の海人の子」=「旃陀羅の子」=「賤民の子」と称した。
 江戸時代の差別戒名にも、「旃陀羅」が見られる。
 
●アルメイダ(p142)
 ルイス・アルメイダ(1525-1583)……日本最初の外科・救癩病院を府内(現大分市)で開設したユダヤ系ポルトガル人。1548年にインドに渡り、海商として活躍して財を成した。イエズス会士のB・ガーゴとたまたま同船して布教活動の実態を聞いて感銘を受け、1552年に来日し、55年には全私財を投じて府内に乳児院を開き、56年にはイエズス会に入って、57年に救癩病院を建てた。
 かつて学んだ医学を生かして自ら治療にあたるとともに、日本人医師の養成にも努めた。
 大分県医師会の病院は、アルメイダの人徳と実践を高く称えて、「アルメイダ病院」と名付けられている。
 
●非人(p160)
 下人……律令体制解体以後、在地村落社会の中で形成されてきた下層の被支配身分。おもに主家に隷属して様々な雑事や補助労働に駆使された下層の民。自らの努力で脱賤化していく道も開かれていた。戦国時代には、この層から出て自らの農地を持つに至る者も出た。
 非人……〔狭義では、「癩病」(ハンセン病)などの重病や家庭の崩壊などによって、世俗社会では見捨てられて生きていけなくなったが、まだ生への執着心を失わない脱落者を指した。〕食物や施物を請い求めるために、特定の坂・宿・野・路などの「乞場(こいば)」に集住して、非人集団を形成した。仲間の頭である長吏法師に統率されていた。
 「下人」は《貴・賤》観にもとづく差別呼称だが、「非人」は《浄・穢》観が色濃く投影された差別呼称。
 河原者……河原者、穢多、細工、庭者などと呼ばれた人たち。広義では中世非人とされていた。獣類の皮剥ぎと皮革加工などに従事した。不殺生戒を犯しているので、「屠沽の下類」と呼ばれた。
 
●戸籍制度(p184)
 古代律令制の時代、班田制のために戸籍が作られた。
 律令制の解体によって班田制が行われなくなると、人頭税としての調・庸が次第に地税に変化してきた。土地台帳は重要だったが、個々の住民を登記した「家別」「人別」の戸籍帳は必要でなくなった。
 平安時代の中期以降には、全国的な荘園制度への移行につれて、造籍作業も次第に廃絶してしまった。
 13世紀の鎌倉時代前期の頃には、ヤマト王朝時代の戸籍制度は完全に消滅してしまった。
 
●ロレンソ了西(p187)
 日本人第一号のイルマン(準司祭)。イエズス会では、司祭をパドレ(バテレン)と呼び、その補佐役をイルマンと呼んだ。
 肥前白石の生まれ。もともと目の不自由な琵琶法師だったが、頭脳明晰で弁舌が得意だった。
 1560年、京で将軍足利義輝に謁して布教を許され、信長や秀吉にも謁し、高山右近や京極高吉など、京畿の有力大名を次々に受洗させた。
 入信させた信徒は3,000名を超えると伝えられている。
 日本におけるイエズス会の実質上の基礎を築いたのは、ロレンソであったと言える。
 
●キリシタン類族改(p209)
 再びキリシタンになることがないように、転宗者とその子孫を監視する制度。当時の宗門改役・北条安房守によって、1687年(貞享4年)から実施された。
 改めの対象は、男系では転キリシタン本人から7世、女系なら4世とされた。改宗者の子孫は、出産・死亡・結婚・移住・旅行に至るまで、そのたびに特別な届け出を義務付けられていた。つまり、転びキリシタンでも、その子孫は100年、200年にわたって厳重に監視されたのである。
 
(2017/5/9)KG
 
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韓国の歴史 増補改訂版
 [歴史・地理・民俗]

韓国の歴史〈増補改訂版〉
 
水野俊平/著 李景 /監修
出版社名:河出書房新社
出版年月:2017年1月
ISBNコード:978-4-309-22693-4
税込価格:2,160円
頁数・縦:303p・20cm
 
 
 2007年刊行の『韓国の歴史』に新たに第8章を加え、加筆修正して再刊。
 
【目次】
第1章 古代から統一新羅へ
第2章 高麗時代
第3章 朝鮮王朝の成立
第4章 社会の変化と実学
第5章 列強の侵略と近代化
第6章 植民地支配下の朝鮮
第7章 解放から南北分断、そして新時代へ
第8章 新時代を経て、韓国に残された課題
 
【著者】
李 景珉 (リ キョンミン)
 1946年、韓国済州道生まれ。パリ大学政治学部卒。同大学院博士課程を経て、京都大学人文科学研究所に学ぶ。現在、札幌大学文化学部教授。専門は国際関係論、朝鮮政治史。
 
水野 俊平 (ミズノ シュンペイ)
 1968年、北海道出身。北海商科大学教授。天理大学朝鮮学科卒。韓国・全南大学大学院国語国文学科博士課程修了。
 
【抜書】
●古朝鮮(p16)
 古朝鮮(コチョソン)とは、以下の3王朝。
 (1)BC2333年、韓(朝鮮)民族の始祖とされる檀君王倹(タングンワンゴム)が建国した「檀君朝鮮」。
 (2)中国の殷の箕子(キジャ)が建国したとされる「箕子朝鮮」(年代不明)。
 (3)中国の燕から亡命した衛満(ウイマン)が建国した「衛氏朝鮮(ウイシチョソン)」(BC195-BC108)。
 しかし、檀君朝鮮は神話。箕子朝鮮と衛氏朝鮮は、中国の歴史書に登場する。
 
●檀君神話(p21)
〔 天神桓因(ファニン)は、息子・桓雄(ファヌン)に人間世界を治めさせるようにした。桓雄は部下三〇〇〇を率いて太伯山の頂の神檀樹に降臨し、桓雄天王となった。桓雄天王は穀・命・病・刑・善・悪を司って人間を教化した。
 ある時、熊と虎が桓雄に「願わくば人間になりとうございます」と願い出た。桓雄は霊妙なヨモギ一握りとニンニク二〇個を与え「これを食べて一〇〇日の間、日の光を見なければ、すぐに人間になれるだろう」と言った。
 虎は約束を守れなかったが、約束を守った熊は人間の女となった。女が毎日、神檀樹の下に来て身ごもることを祈るので、桓雄天王は女と結婚し、子が生まれた。名前を檀君王倹といった。檀君王倹は平壌城を都とし、初めて朝鮮と称して国を治めた。やがて都を白岳山の阿斯達(アサダル)に移したが、国を治めること一五〇〇年間であった。後に周の武王が殷の箕子を朝鮮の王に封ずると、檀君は隠れて阿斯達の山神となった。〕
 
●朱蒙(p25)
 朱蒙(チュモン)、高句麗の始祖。東扶余あたりの方言で、「弓の上手な者」という意味。河の神河伯(ハベク)の娘・柳花(ユファ)の子、卵から生まれた。
 前漢の武帝の死後、楽浪郡などによる朝鮮半島支配が弱まる。古朝鮮の旧領民によって、何か国かに分かれる。
 北方……扶余(プヨ)、高句麗(コグリョ)、東穢(トンイエ)、沃沮(オクジョ)
 南方……馬韓(マハン)、辰韓(チナン)、弁韓(ピョナン)、伽耶などの小国連合体
 313年、高句麗は楽浪郡と帯方郡を滅ぼし、朝鮮半島から中国勢力を退ける。
 
●花郎(p46)
 新羅では、真興王(チヌンワン、在位540-576)の代に、花郎(ファラン)制度が整備された。
 花郎……学識があり、容姿端麗な上級貴族階級の成年男子が花郎に推戴された。
 花郎の下に花郎徒として多くの青年男子を集めて修養させた。平時は道義によって精神的・肉体的修養に励み、戦時には戦士団として活動した。
 花郎は、新羅末までに200人、各花郎に属した花郎徒は数百から1,000人を数えた。
 花郎徒の活躍によって、新羅は百済、高句麗との覇権争いを制することができた。
 花郎出身の金春秋は、654年に武烈王として即位。
 660年、唐軍との連合によって百済を滅ぼす。
 668年には高句麗を滅ぼした。
 
●後三国時代(p57)
 892年、後百済建国。
 901年、弓裔(クンイエ)が後高句麗を建国。
 新羅、後百済、後高句麗の三国鼎立の時代に。後三国時代。
 918年、武将の一人王建(ワンゴン)が弓裔を追放し、王位を奪う。国号を高麗とする。
 935年、平和裏に新羅を併合し、936年、後百済を滅ぼして半島統一。
 
●科挙制度(p60)
 958年、光宗は科挙制度を施行。製述科、明経科、雑科、僧科の4つ。
 製述科……儒教思想に立脚した文章をつくる試験。
 明経科……儒教の経典を解釈する試験。
 雑科……いつくかの分野の技術官吏を登用する試験。法律専門家を登用する明法業、計算の専門家を選抜する明算業、書記を担当する官吏を選ぶ明書業、医学の医業、占いをする呪禁業、風水地理の地理業など。
 僧科……僧侶に僧階を与えるために実施。
 
●金属活字(p67)
 1445年のグーテンベルクより早い時期に、高麗に金属活字があった。
 1377年、高麗の金属活字によって印刷された『白雲和尚抄録仏祖直指心体要節』 。1972年にパリの国立図書館で発見された。
 1234年に、『詳定古今礼文』という書籍を金属活字で印刷したという記録がある。
 
●李成桂(p82)
 1392年、李成桂(イソンゲ)が高麗の最後の王の恭譲王(コンヤンワン)から譲位されて王位を継承し、翌年、国号を朝鮮と改めた。 
 
●天主教(p129)
 1637年、李氏朝鮮の仁宗は、「丙子胡乱」において清のホンタイジ(太宗)に降伏し、昭顕世子(ソヒョンセジャ)と鳳林大君(ポンニムテグン)が人質となった。ソウルの南西、オリンピック公園から西に2kmほど離れた漢江のほとりの歴史公園にある「三田渡碑(サムジョンドヒ、大清皇帝功徳碑)」。
 昭顕世子は、1644年、明を征伐する清軍とともに北京へ向かい、そこでドイツ人神父アダム・シャール(1591-1666、中国名・湯若望)と出会い、天主教(キリスト教)や西欧科学に関する知識を学ぶ。1645年、朝鮮に帰国する際、天文、数学、天主教に関する書籍や地球儀、天主像などを持ち帰った。
 その後、昭顕世子は帰国の2か月後に病気で急死(暗殺?)、弟の鳳林大君が仁宗の跡を継いで第17代孝宗となる。
 朝鮮時代の後期、朝鮮に天主教が受容された。海外から入国した宣教師の活動によって教会が作られた日本や中国と異なり、両班知識層の人々が学問研究を通して西学(西洋の自然科学・西洋思想・天主教など)に触れ、自ら天主信仰に目覚め、教会を自主的に作った。中国で活動していた宣教師を通して天主教に接した。
 1784年、李承薫(イスンフン)は、赴京使として訪れた燕京で、朝鮮人として初めて洗礼を受けた。
 1801年、政権を握った老論僻派は天主教に対する徹底的な弾圧を行った。中国人司祭の周文謨、南人派の実学者権哲身、李承薫らをはじめ、教徒300人余りが処刑された。辛酉迫害(辛酉教獄、辛酉邪獄)。
 弾圧によって朝鮮における西洋研究は途絶えてしまった。そのため、19世紀に入ってからの西欧列強の接近に、朝鮮は賢明に対処する力を持てなかった。
 しかし、教徒は増え続け、1830年には9,000人余りになったと言われている。
 1846年には、朝鮮最初の神父・金大建(キムデゴン)をはじめ多くの天主教徒が漢城の漢江の畔で処刑される。丙午迫害。
 
●独立協会(p174)
 1896年7月、朝鮮の自主独立と内政改革のために組織された政治団体。民族の自覚と民権思想を広めるために「独立新聞」を、朝鮮で初めてハングル活字で発刊した。
 
(2017/5/7)KG
  
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ヒトの起源を探して 言語能力と認知能力が現生人類を誕生させた
 [自然科学]

ヒトの起源を探して: 言語能力と認知能力が現代人類を誕生させた
 
イアン・タッターソル/著 河合信和/監訳 大槻敦子/訳
出版社名:原書房
出版年月:2016年8月
ISBNコード:978-4-562-05342-1
税込価格:3,240円
頁数・縦:365p・20cm
 
 
 人類学の教科書的な内容。化石人類の歴史を辿り、現生人類誕生のなぞに迫る。
 
【目次】
ヒトの太古の起源
二足歩行の類人猿の繁栄
初期のヒト科の生活様式と内面世界
多様なアウストラロピテクス類
闊歩するヒト
サバンナの生活
アフリカを出て、舞い戻る
世界に広がった最初のヒト
氷河時代と最初のヨーロッパ人
ネアンデルタール人とはだれなのか?
新旧の人類
謎に満ちた出現
象徴化行動の起源
初めに言葉ありき
 
【著者】
タッターソル,イアン (Tattersall, Ian)
 アメリカ自然史博物館人類学部門名誉学芸員。ケンブリッジ大学で考古学と人類学、イェール大学で地質学と脊椎動物の古生物学を学び、これまでにマダガスカル、ベトナムなどの世界各国で霊長類学と古生物学の調査を実施。ヒトの化石や進化、認知機能の起源、マダガスカルのキツネザルの生態研究を主な研究テーマとする。
 
河合 信和 (カワイ ノブカズ)
 1947年、千葉県生まれ。1971年、北海道大学卒業。同年、朝日新聞社入社。2007年、定年退職。進化人類学を主な専門とする科学ジャーナリスト。旧石器考古学や民族学、生物学全般にも関心を持つ。
 
大槻 敦子 (オオツキ アツコ)
 慶應義塾大学卒。
 
【抜書】
●トゥーマイ(p31)
 サヘラントロプス・チャデンシス。最古のヒト科で最古の時代のもの。約700万年前?
 2001年、アフリカ中西部のチャドで発見された。大地溝帯のかなり西方。
 ひどくつぶれた頭蓋といくつかの部分的な下顎骨。類人猿のような小さな脳頭蓋と、類人猿ともヒトとも似ていない大きな平たい顔。
 ヒト科に分類された理由……①臼歯にほどほどに厚いエナメル質があり、犬歯は小さく(退縮した犬歯)、下の小臼歯が研ぐような仕組みがない。②大後頭孔(脊髄が頭骨から出る大きな穴)の位置が、顔面に対して頭蓋の下側に位置する、すなわた直立二足歩行の特徴が表れている。
 トゥーマイ……地元民の言葉で「命の希望」を意味する。
 
●アルディピテクス(p34)
 1994年、エチオピア北部のアワシュ川流域のアラミスの堆積岩から、440万年前のアルディピテクス・ラミダスの骨が発見された。
 頭蓋の容積は300~350ccで、チンバンジーと同程度。体の大きさも小型のチンバンジーと同じで、50kg程度。後頭孔がやや前方に移動。犬歯は、小臼歯が研ぐような仕組みがない。
 腕と手の骨は、樹上生活者のもの。
 520~580万年のアルディピテクス・カダッバと合わせて、ヒト科の初期の仲間と考えられる。
 
●運搬角(p51)
 上腿と下腿の骨の骨幹に見られる角度。大腿骨は、膝に向かって内側に斜めに傾斜しているが、体の重さは脛骨と足首を通って足へと真っすぐ下方へかかっている。この形状のため、歩いたり走ったりする時には両足がすぐ近くを通り、体重が片足からもう一方の足へと移るときに重心が左右に移動しなくて済む。
 
●ルーシー(p58)
 アウストラロピテクス・アファレンシス。1974年、エチオピア北東部のハダールで発見される。
 約318万年前。 比較的完全な、約40%の骨格。運搬角が見られる。
 身長1mちょっと、体重27kgほどと推定。
 足が長く、木登りにも適応していた。
 
●ディキカ(p71)
 エチオピア、ハダールからアワシュ川を渡った南。保存状態の良い、330万年前の3歳の幼児個体の骨格の一部が発見された。アウストラロピテクス・アファレンシス。「セラム(平和)」と名付けられた。
 さらに、340万年前の地層から、石器によってしか付けることのできない傷の付いた、哺乳類の骨のかけらが4つ出土した。現在知られている石器は、アワシュ川流域のそれほど遠くない場所で発見された、260万年前のもの。
 
●オルドヴァイ(p121)
 1959年、ルイス&メアリー・リーキーは、タンザニアのオルドヴァイ峡谷で「超頑丈な」アウストラロピテクスの頭蓋の化石を発見し、「ジンジャントロプス」と名付けた。かつて東アフリカ沿岸一帯を支配した「ザンジ」帝国にちなんだ命名。現在は、リーキーの研究の後援者の名を取って、「パラントロプス・ボイセイ」種に分類されている。180万年前のものと判明。
 平坦で強大な臼歯が、小さな切歯と犬歯を完全に圧倒していることから、親しみを込めて「くるみ割り人形」と呼ばれている。
 リーキー夫妻は、オルドヴァイ峡谷で原始的な石器を多数発見した。
 
●トゥルカナ・ボーイ(p142)
 1984年、ケニアのトゥルカナ湖の西側で発見される。正式にはKNM-WT15000。160万年前、ホモ・エルガステル。
 年齢8歳、身長約160cm、体重68kgほど。成長すれば、185cmくらいになった? 一説で180cm以下。
 首から下は、現生人類とさほど変わらない。樹上の隠れ場所から離れて、開けたサバンナを闊歩することに順応したヒト科。
 ホモ・エルガステル……「働く人」という意味。早期アフリカ型ホモ属。サピエンスの直接の祖先?
 
●脊柱の幅(p158)
 脊柱は、上体を支えるだけでなく脳から下へと脊髄を通しており、その脊髄から伸びる神経網を介して体の残りの部分を制御したり、そこから情報を受けたりしている。
 脊髄の通る管の幅は、ヒト科を含むすべての霊長目でほぼ同じ。しかし、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は、脊髄が通る管の幅が、肺のある胸部で異常に広くなっている。胸郭と腹壁の筋肉に繋がる増加した神経組織を収容している。その神経は、呼吸のコントロールを強化するためのもの。発話に用いる音の微妙な調節に必要な細かい制御を行う。
 
●オメガ3脂肪酸(p164)
 ホモ・エルガステルが、脳を大きくするために用いたエネルギーは、動物性蛋白質と脂肪。魚釣りによって、そのエネルギーを確保していたのかもしれない。
 水生動物は、脳が正常に機能するために重要なオメガ3脂肪酸などを豊富に含む。
 オメガ3脂肪酸などは、類人猿の小さな脳を維持するくらいの限られた量であれば、体内で生成される。しかし、大きくなった脳に必要な量は、食生活で補うしかない。
 過去200万年ほどの間にヒト科の脳が大きくなるにあたっては、魚など水中に棲む動物の摂取が一つの前提条件になったのかもしれない。
 
●シラミ(p167)
 ほとんどの哺乳動物には、1種類のシラミしか寄生しない。しかし、ヒトには、2種類が寄生している。
 頭髪に棲むアタマジラミと、陰毛に棲むケジラミ。アタマジラミは人間に固有で、体毛に覆われていた頃から体中にいたものの名残。ケジラミはゴリラから移った。
 ヒトとゴリラのケジラミの分岐は、300万~400万年前。そのころから、ヒトは体毛を失っていた? アウストラロピテクス・アファレンシスの時代?
 
●順応(p176)
 〔私たちは一般に時として劇的に変動する世界で、変わりゆく外部の環境にいつも柔軟に対応し続けることで特殊化する危険を避けてきた。ヒトは主として変化に適応してきたのではなく、むしろ順応してきたのである。〕
 
●パナマ地峡(p212)
 300万年前、北アメリカと南アメリカが衝突してパナマ地峡ができた。
 温かい太平洋の水が大西洋へと循環しなくなり、アフリカで冷却と乾燥が加速、北極圏で氷冠の形成が始まった。
 アフリカで、草原に適応した草食哺乳類が激増し、それよりも古い、主に木の葉を食べる種類が姿を消した。
 その時代の動物相の変化に示される環境の移り変わりが、ホモ属が誕生するための最も重要な刺激になった、と考える研究者もいる。
 
●MIS(p218)
 古気候学者は、更新世の開始以降に102の異なる「海洋酸素同位体ステージ(MIS)」を特定し、最新のものから順に番号を割り振った。そのため、温暖なステージには奇数が、寒冷なステージには偶数が当てられている。
 現在は暖かいMIS1、最後の氷河期はMIS2。ステージ5は、さらにa、b、c、d、eに分けられ、最古の5eは、非常に温暖だったため、海面は現在より5、6メートルも高かった。
 前期更新世は、気温の変動が頻繁だったが、それほど顕著ではなかった。現代に近づくにつれ、変動の間隔は広がり、差異は大きくなっている。
 
●ホモ・アンテセソール(p219)
 スペイン北部のアタプエルカ山地にあるシマ・デル・エレファンテの遺跡で、120万年前のホモ属の下顎が発見された。同じアタプエルカのグラン・ドリナ遺跡で見つかった78万年前のヒトの化石とともに、「ホモ・アンテセソール」に分類された。二つの遺跡の粗雑な石器には大きな違いがない。
 ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の共通の祖先であるかどうかは不明。
 グラン・ドリナの骨には、カニバリズムの証拠が残されている。石器を使って、他の草食獣と同じように処理されていた。
 
●ネアンデルタール人(p243)
 ネアンデルタール人の骨の窒素15/窒素14の比率の分析によると、その値はオオカミ、ライオン、ハイエナと同等のレベルだった。食性に占める肉の割合が多いことを示している。
 サン・セゼールの遺跡の後期のネアンデルタール人は、同じ遺跡のハイエナよりも高い。マンモスとケブカサイを狩っていた可能性が高い。
 
●エル・シドロン(p246)
 エル・シドロンにある5万年前のネアンデルタール人の遺跡。成体6、青年期3、少年期2、幼児1の計12体の壊れた遺骨に、カニバリズムの証拠。歯のエナメル質減形成という環境ストレスの形跡があり、食生活は厳しかった。「美食としてのカニバリズム」ではなく、「生き残るためのカニバリズム」だったと推定される。12体は、一つの社会集団で、他の集団に襲撃され、食べられた。
 mtDNA分析の結果、3個体の成人男性は同じmtDNA系統、女性はそれぞれ異なる系統。つまり、男性は生まれた集団に残り、女性は離れる。
 
●ムスティエ文化(p251)
 調整された石核を作る石器づくりの技法の一種。ネアンデルタール人の石器文化。予想通りにきれいに割れる石材の調達が重要だった。
 もっとも特徴的な石器は、程よい大きさの尖頭器と、両側縁が凸上のスクレイパー、剥片で作られたタイプの涙滴型のハンドアックス。
 
●シャテルペロン文化(p259)
 フランス西部とスペイン北部に点在して見つかる石器。ムスティエ文化とオーリニャック文化の両方の特徴を兼ね備えている。3万6000~2万9000年前。
 オーリニヤック文化……上部旧石器時代の最初の文化。
 ムスティエ文化の「剥片」の石器だけでなく、骨や象牙で作られた道具と並んで、オーリニャック文化の石器の主な特徴である「石刃」も見られる。石刃は、長さが幅の2倍ほどある細長い剥片。クロマニヨン人を代表する石器。
 ※著者は、シャテルペロン文化がネアンデルタール人のものと示唆しているが、「監訳者あとがき」では、最近の研究により、早期現生人類のものとされる。(p328)
 
●珪質礫岩(p285)
 南アフリカのピナクルポイント遺跡では、7万2000年前ごろ、石器にはあまり良質ではない珪質礫岩(シルクレート)を、適度に熱してから手の込んだ段階を経て冷やし、硬くする技術を開発していた。
 この技術はあまりに複雑で、あらかじめ計画を立てておかなければならない段階が数多く含まれる。原因と結果の長い連鎖を概念として捉えて心の中に描くことのできる精神が必要。
 
●志向性(p301)
 心の理論。
 ヒトは、類人猿にはないような種類の向社会性――他者への配慮――ばかりでなく、一歩距離を置いた傍観者のような社会性という特徴も併せ持つ特殊な社会性を示す。
 ヒトは、自分が考えていることが分かっており(一次志向性)、他者が考えていることを推測でき(二次志向性)、自分以外の人間が第三者について考えていることを想像することができる(三次志向性)。
 ヒトは、六次の志向性までは何とかなるが、そこから先は頭が混乱する。
 
●連続創始者効果(p304)
 祖先となる集団内に子孫となる集団が芽生えて離れていくたびに、その個体群のサイズが小さくなって生じる現象。子集団が増えるたびに、ボトルネック効果の影響で、遺伝子の多様性が失われていく。集団遺伝学者によく知られている事象。
 世界中の言語の音素の数にも、この法則が当てはまる。
 ニュージーランドの認知心理学者クエンティン・アトキンソンは、世界中の言語で音素の分布を調べた。その結果、アフリカから離れれば離れるほど、音素の数が少なくなる。
 アフリカのきわめて古い、舌打ちするような「吸着音(クリック)」言語のいくつかには、100個を超える音素がある。英語では45個、ハワイでは13個しかない。ハワイは、地球上で最後に人間が植民した土地の一つ。
 アトキンソンの分析では、収束点がアフリカ南西部にある。
 
●ネアンデルタール人、ホモ・フロレシエンシス(p327、河合)
 最近の放射性炭素年代測定法の較正値によると、ネアンデルタール人の絶滅は、2万6~7000年前ではなく、4万年前。ヨーロッパでの現生人類との共存期間は、5000年程度。
 4万5000年前ごろからムスティエ文化の遺跡は次第に細り、4万年前には消滅した。
 リャン・ブア洞窟で発見されたホモ・フロレシエンシスのLB1骨格の年代は、1万2000年前ではなく、10万~6万年前。新しく見積もっても5万年前。この時期、現生人類はまだオーストラリアに到達していない。現生人類と遭遇していない可能性が高い。
 
(2017/5/5)KG
 
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