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世界と日本がわかる最強の世界史
 [歴史・地理・民俗]

世界と日本がわかる 最強の世界史 (扶桑社新書)
 
八幡和郎/著
出版社名:育鵬社(扶桑社新書 230)
出版年月:2017年1月
ISBNコード:978-4-594-07640-5
税込価格:929円
頁数・縦:311p・18cm
 
 
 日本との関連を捉えながら古代から現代までの世界史を通観する。
 
【目次】
第1章 人類・神話・民族
第2章 ローマ・ペルシャ・秦漢帝国
第3章 仏教・キリスト教・イスラム教
第4章 民族移動・宗教政治・商人の活躍
第5章 成吉思汗・ルネサンス・オスマン帝国
第6章 大航海時代・アメリカ・宗教改革
第7章 ウェストファリア体制・絶対王制・大清帝国
第8章 アメリカ独立・フランス革命・大英帝国
第9章 世界大戦・社会主義・ファシズム
第10章 国家独立・市場経済・グローバリズム
 
【著者】
八幡 和郎 (ヤワタ カズオ)
 1951年滋賀県生まれ。東京大学法学部卒業。通商産業省(現経済産業省)入省。フランスの国立行政学院(ENA)留学。大臣官房情報管理課長、国土庁長官官房参事官などを歴任後、現在、徳島文理大学大学院教授を務め、作家、評論家としてテレビなどでも活躍中。
 
【抜書】
●帝国(p32)
 世界でただ一人だけ、エンペラーを名乗っているのは日本の天皇。
 ヨーロッパでは、ドイツ、オーストリア、ロシアの皇帝が、第一次世界大戦とその時期の革命でいなくなった。
 ソロモン王とシバの女王の子孫とされるエチオピアのハイエセラシエ(ハイレ・セラシエ)帝も、1974年に革命によって廃位させられた。
 しかし、帝国主義とか大英帝国といったように使われるときの「エンパイア(帝国)」というのは、多数の国とか民族を束ねた政治形態のことをいう。君主が皇帝を名乗っているかどうかは関係ない。
 帝国のはしりは、紀元前7世紀にメソポタミアからエジプトまでを統一した、アッシリア。
 完成形にしたのは、紀元前6世紀にダレイオス1世(在位前522-前486)のもとで全盛期を迎えたアケメネス朝ペルシャ。インド北西部からマケドニアやルーマニア、エジプトまで領土が及んだ。
 ペルシャの制度は、それを滅ぼしたアレクサンドロス大王の帝国に引き継がれ、さらにローマやインドのアショーカ王の帝国もその伝統を受け継いでいる。
 
●朝鮮半島(p58)
〔 しばしば、日本が半島から文明を学んだという言い方がされますが、根拠はありません。稲作が本格化する条件も温暖な日本のほうが整っています。あとで書くように6世紀あたりに百済を通じて中国の文化を輸入する時代がありましたが、ほかの時代にもそれと同じようなことがあったわけではありません。〕
 
●「何も学ばず、何も忘れず」(p178)
 クロムウェルが59歳で死んだとき、死刑にしたチャールズ1世の息子で大陸に亡命していたチャールズ2世を迎えて王政復古を選んだ。
 ただ、彼らは大陸から「何も学ばず、忘れず」に帰ってきたので、人々に嫌われた。結果、チャールズ2世の弟であるジェームズ2世は、名誉革命(1688年)で追放され、娘のメアリとその夫でプロテスタントだったオランダ総督オレンジ公ウィリアム(オラニエ公ウィレム)が共同君主として迎えられた。
 フランスが戦争に負けて、ナポレオンが地中海のエルバ島に流されたとき、亡命者たちは「何も学ばず、何も忘れず」に帰ってきた。ルイ16世の弟がルイ18世になった。(p204)
 
●セオドア・ルーズベルト(p244)
 セオドア・ルーズベルト(在任1901-09)は、軍事的な圧力を背景に、「静かに歩いていても、棍棒を持ってさえいれば遠くに行ける」ということをモットーにしていた。
 パナマ運河を建設するためにコロンビア国内の分離派を巧妙に仕掛けたことを理想主義者は非難したが、「運河を建設する前に半世紀も議論するよりも、建設してから私の処置について半世紀議論したほうがましだ」と反論した。
 
●中国(p308)
 〔中国は政治・経済・社会・文化などいずれをとっても巨大な開発途上国にすぎません。もし、21世紀が後進文明国のヘゲモニーのもとに置かれるなら、人類にとってこのうえない不幸はないのです。〕
 
(2017/6/3)KG
 
〈この本の詳細〉


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理化学研究所 100年目の巨大研究機関
 [自然科学]

理化学研究所 100年目の巨大研究機関 (ブルーバックス)
 
山根一眞/著
出版社名:講談社(ブルーバックス B-2009)
出版年月:2017年3月
ISBNコード:978-4-06-502009-8
税込価格:1,015円
頁数・縦:238p・18cm
 
 
 2017年は、理化学研究所が設立100周年を迎えた。その歴史を振り返りつつ、最先端の研究現場をレポート。
 
【目次】
第1章 113番元素が誕生した日
第2章 ガラス板の史跡
第3章 加速器バザール
第4章 超光の標的
第5章 100京回の瞬き
第6章 スパコンありきの明日
第7章 生き物たちの宝物殿
第8章 入れ歯とハゲのイノベーション
第9章 遺伝子バトルの戦士
第10章 透明マントの作り方
第11章 空想を超える「物」
 
【著者】
山根 一眞 (ヤマネ カズマ)
 ノンフィクション作家。1947年東京都生まれ。獨協大学国際環境経済学科特任教授、宇宙航空研究開発機構(JAXA)客員、理化学研究所相談役、福井県文化顧問、日本生態系協会理事、NPO子ども・宇宙・未来の会(KU-MA)理事、3・11支援・大指復興アクション代表などを務める。
 
【抜書】
●高峰譲吉(p47)
 高峰譲吉(1854-1922)……理研設立の牽引役。工学・薬学博士。1890年(明治23年)渡米。消化剤のタカジアスターゼと、副腎髄質から分泌されるホルモンのアドレナリンの製造法の開発者。「日本が生んだ偉人の一人」。
 米国時代の経験から、「これからの世界は理化学工業の時代になる。日本が理化学工業によって国を興そうというのであれば、その基礎である理化学の研究所を設立する必要がある」と熱く説いた。
 当時の日本の工業は欧米の模倣で成り立っており、独創性に乏しかった。日本でも、欧米に負けない大規模な理化学の基礎研究所を作るべきだと訴えた。
 日本を代表する科学者たちと構想を煮詰め、実業家や三井、三菱などの財閥から資金を集め、さらに国庫から補助金を得る法整備もなされた。
 1917年(大正6年)3月20日、駒込に4万平方メートルの土地を得て、財団法人理化学研究所として発足。
 
●大河内正敏(p48)
 大河内正敏(1878-1952)……1921年、42歳の若さで理研研究員から所長に抜擢された造兵学者で貴族院議員。第一次大戦が終結、その戦後不況で資金難に直面。2本柱からなる大胆な理研改革を断行。
 (1)研究室制度……すべての研究員に同等の権限を与えて自由な研究ができるようにする。14の研究室が新設された。
 (2)研究成果の産業化……理研で生まれた特許や実用新案をもとにした企業を数多く設立し、特許実施料を収入源として研究費に充てる。成功例は、抗生物質ペニシリンとアルマイト。
 アルマイト……アルミニウムは空気に触れると薄い酸化膜が自然にできる。非常に薄く微細な穴がい開いているため(多孔質)、汚れや傷がつきやすい。鯨井恒太郎、瀬藤象二、宮田聰らのグループは、「実験の失敗」によって、無数の穴が開かない表面処理法を発明する。理研は、特許を関連業界に提供する一方、理研アルマイト工業を起業。弁当箱の素材として人気を集める。また、その技術は、印刷や機械工具、建材などでも欠かせないものとして、現在に至る。
 
●主任研究員制度(p58)
 大河内は、1922年、それまでの物理学部と化学部からなる制度を廃止、「主任研究員制度」を発足させる。今に至るまで続いている理研の伝統、主流。研究者が独立して自由に研究室を運営できるシステム。研究テーマを自由に選べ、予算や人事の裁量権も持つ。研究室は一代限り。新しい分野を常に開拓していこうという精神の表れ。
 
●仁科芳雄(p60)
 原子核物理学者の仁科芳雄(1890-1951)は、1937年と1944年、2台のサイクロトロンを完成させた。
 岡山県出身、東京帝国大学の電気工学科を卒業、理研に入ったのち、英国、ドイツに留学し、最新の量子力学などを学ぶ。さらに、デンマークの原子物理学者ニールス・ボーア(1885-1962年。1929年にノーベル物理学賞受賞)の研究室で5年間を過ごした。
 敗戦により、2台のサイクロトロンは「原子爆弾製造施設」と誤認され、GHQによって解体・廃棄させられる。
 
株式会社科学研究所(p63)
 1946年、仁科が所長に就任。GHQによる「過度経済力集中排除」、いわゆる財閥解体指令により、解散させられる。しかし、仁科の尽力により、「株式会社科学研究所」として生き延びる。事業の柱は医薬品。ペニシリンやストレプトマイシンの製造販売などを行う。かつて不治の病だった結核は、ストレプトマイシンの登場によって治る病となった。
 1958年、特殊法人理化学研究所が設立、戦前の理研を引き継いで再スタート。初代理事長は、長岡半太郎の子息である長岡治男。歴代の所長、理事長で、唯一事務系出身。三井不動産の常務取締役などを歴任したビジネスマン。
 
●特定国立研究開発法人(p70)
 2015年4月、松本紘(ひろし:宇宙科学工学者、元京都大学総長)が理事長に就任、全く新しい組織として再発足する。物質・材料研究機構、産業技術総合研究所とともに、「特定国立研究開発法人による研究開発等の促進に関する特別措置法」により、2016年10月、「特別国立研究開発法人」となる。
 
(2017/6/3)KG
 
〈この本の詳細〉


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