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広辞苑はなぜ生まれたか 新村出の生きた軌跡
 [文芸]

広辞苑はなぜ生まれたか―新村出の生きた軌跡

新村恭/著
出版社名:世界思想社
出版年月:2017年8月
ISBNコード:978-4-7907-1703-4
税込価格:2,484円
頁数・縦:236p・20cm


 末孫による、新村出の伝記。特に、『広辞苑』編纂の顛末について1章を割く。
 
【目次】
1 新村出の生涯
 萩の乱のなかで生を享ける―父は山口県令
 親元離れて漢学修業―小学校は卒業してない
 静岡は第一のふるさと
 文学へのめざめ、そして言語学の高みへ―高・東大時代
 荒川豊子との恋愛、結婚
 転機、欧州留学
 水に合った京都大学―言語学講座、図書館長、南蛮吉利支丹
 戦争のなかでの想念
 京都での暮らし―晩年・最晩年
 新村出が京都に残したもの
2 真説『広辞苑』物語
 『辞苑』の刊行と改訂作業
 岩波書店から『広辞苑』刊行へ
 『広辞苑』刊行のあとに
3 交友録
 徳川慶喜の八女国子―初恋の人
 高峰秀子
 佐佐木信綱
 川田順
 そのほかの人びと
 
【著者】
新村 恭 (シンムラ ヤスシ)
 1947年、京都市の祖父新村出の家で生まれる。名古屋で育ち、1965年、東京都立大学人文学部入学。1973年、同大学院史学専攻修士課程修了。岩波書店、人間文化研究機構で本づくりのしごとに携わる。現在、フリーエディター、新村出記念財団嘱託。
 
【抜書】
●静岡(p24)
 明治に徳川家と幕臣が家康ゆかりの駿府の地に、江戸から移された。同地にあった諸藩は、安房国と上総国に移された。
 徳川家は新しい藩を作り、家達が藩主となった。府中藩。
 しかし、府中藩はすでに他所にあったので、明治政府から改名案提出を求められる。
 賎機山(しずはたやま)の麓に藩庁があったので、「静」「静城(しずき)」「静岡」の三つの案を出し、「静岡」に決まった。
 
●日本語教師(p50)
 新村出は、大学院時代から数年間、多数来日していた清国の留学生を対象に日本語を教授した。
 明治32年(1899年)9月、東京帝国大学大学院入学、国語学専攻。明治33年10月、東京帝国大学文科大学助手。
 
●図書館長(p80)
 明治44年(1911年)、欧州留学からの帰朝2年後、京都大学の図書館長に任命される。3代目、教授(帰朝直後に就任)との兼任。
 昭和11年(1936年)10月の定年退職まで図書館長を務める。丸25年、教授兼任で図書館長。
 
●三然主義(p126)
 晩年、自らについて「三然主義者」とかたる。
 自然を愛し、偶然を楽しみ、悠然と生きる。自然・偶然・悠然をモットーとする。
 
●美意延年(p136)
〔 いずれにしても、最晩年の出は、父母、家族・親類の恩、多くの社会の人びとの恩、国主(出は徳川家を旧主、天皇を新主としていた)の恩、自然への恵みとそれへの恩、さらに師恩に感謝しながら、決して無理をせず、「美意延年」、意(こころ)を美(たの)しましめて年を延べる生き方をした。〕
 新村家応接間には「美意延年」の扁額があった。
 原典は荀子。
 
●溝江八男太(p159)
 溝江八男太(やおた)、『辞苑』(博文館)の実質的な編者・執筆者。
 岡書院社長の岡茂雄からの辞書編纂の申し出の条件として、溝江の協力を挙げた。出の東京高等師範の教え子で、京都府立舞鶴女学校の教頭を退いて福井に隠棲中だった。
 東京高等師範では、『大日本国語辞典』(冨山房、大正4-8年)の編者松井簡治にも教わっていた。
 
●新村猛(p171)
 『辞苑』(博文館)改訂版では、次男の猛が詳細に手を加え、進行が遅れた。
 〔もし猛が参画しなかったら、昭和一六年に『辞苑』改訂版が刊行された可能性が高い。そうだとすれば、戦後、『辞苑』の改訂新版としての『広辞苑』が生まれていなかったかもしれない。治安維持法違反の廉で収監(禍)→辞書改訂、制作の新しい力が新村家に生じる(福)→猛の参画によって改訂版刊行できず(禍)→出との関係がよくなかった博文館から岩波書店に移ることができた(福)。戦後のなかで生じたことであるが、真に「禍福はあざなえる縄のごとし」のことわざどおりであった。〕
 
●新村出編の国語辞典(p173)
 『言林』全国書房、昭和24年3月
 『小言林』全国書房、昭和24年9月
 『ポケット言林』全国書房、昭和30年4月
 (『言林』は、のちに小学館からの刊行となる)
 『国語博辞典』甲鳥書林、昭和27年4月
 『新辞林』清文堂、昭和28年10月
 『新辞泉』清文堂、昭和29年10月
 『新国語辞典』東京書院、昭和31年2月
 すべて、溝江が主任的な位置にあって制作。やや小型の「学習用」辞典。
 
●新辞苑
 『広辞苑』は当初、「新辞苑」の書名で出そうとしていたが、博文館の後継社の博友社で登録してあったので、『広辞苑』となった。
 
●小学館(p179)
 昭和28年9月20日、小学館の人が出を訪問。「小学校児童向きの美しき絵本雑誌教科書など合わせて二十冊持参。かくて『辞苑』の刊行を求む。経過実情を陳して拒否す」(日記より)。
 『言林』の序文と、「辞書に苦楽す」(『図書新聞』昭和25年1月10日号)にて、『辞苑』の改訂と刊行未遂の件を明らかにしていた。
 
(2017/10/28)KG
 
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窓がない部屋のミス・マーシュ
 [文芸]

窓がない部屋のミス・マーシュ 占いユニットで謎解きを (角川文庫)
 
斎藤千輪/〔著〕
出版社名:KADOKAWA
出版年月:2017年4月
ISBNコード:978-4-04-105260-0
税込価格:605円
頁数・縦:282p・15cm
 
 
 「マーシュ」とは、欧州原産オミナエシ科の1年草のことらしい。日本名「ノヂシャ」、ドイツ語名「rapunzel(ラプンツェル)」。すなわち、『塔の上のラプンツェル』ならぬ、「窓がない部屋に閉じ込められた」ラプンツェルである。
 いや、「閉じ込められた」というのは正確ではない。このミステリーの主人公の17歳の少女は、「引きこもり」なのである。17歳にしては驚異的な知識と推理力を持つ神秘的な少女と、29歳の元OL「占い師さん」が繰り広げる、一風変わった推理小説である。
 推理小説といっても殺人事件などが起こるわけではないが、ホームズばりの推理と少女のキャラクターが魅力的なエンターテインメントに仕上がっている。
 神秘的な少女の謎解きも終わったところで、続編からは本格的な占い推理を期待したい。
 
【著者】
斎藤 千輪 (サイトウ チワ)
 東京都出身。映像制作会社を経て、現在放送作家・ライター。2016年に「窓がない部屋のミス・マーシュ」で第2回角川文庫キャラクター小説大賞・優秀賞を受賞してデビュー。
 
(2017/5/13)
 
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洞窟ばか すきあらば、前人未踏の洞窟探検
 [文芸]

洞窟ばか

出版社名:扶桑社
吉田勝次/著
出版年月:2017年1月
ISBNコード:978-4-594-07625-2
税込価格:1,512円
頁数・縦:239p、図版16p・19cm


 普通の旅行ではなく、なぜ、洞窟なのか? 「未知の場所への欲望がまずありきで、その欲望を実現できる場所が洞窟なのである。洞窟は、『究極の旅』のひとつというわけだ」。
 つまり、「洞窟が好き」なのではなく、「未知なる場所の探検が好き」ということらしい。
 これまでに潜った洞窟は、国内外1,000超(正確に数えたことはないらしいが……)。洞窟病重症患者の「洞窟ばか」が、洞窟愛を縦横に語る1冊である。

【目次】
第1章 洞窟病、重症化する
 なぜ洞窟を探検するのか?
 いきなり冬山で登山デビュー―洞窟以前の紆余曲折
  ほか
第2章 計画性はゼロ?出たトコ勝負で突っ走る!
 “危機一髪ばなし”にはこと欠かない
 教えてほしけりゃ、俺から引き出せ!異色のガイド講習
  ほか
第3章 いかにして洞窟を探検するか?―吉田流洞窟探検術
 動きたいときに動き、休みたいときに休む!
 悩ましい「装備」と「寝場所」の問題
  ほか
第4章 洞窟探検の愉快な仲間たち
 「JET」のきっかけは英会話学校!?
 唯一無二の個性派揃いのガイド集団「CiaO!」
  ほか
第5章 オレは生涯、洞窟探検家
 「冒険」と「探検」は似て非なるもの
 洞窟からすべてを与えられた
  ほか

【著者】
吉田 勝次 (ヨシダ カツジ)
 1966年、大阪府生まれ。洞窟探検家。(有)勝建代表取締役、(社)日本ケイビング連盟会長。洞窟のプロガイドとして、テレビ番組での洞窟撮影、学術調査、研究機関からのサンプリング依頼、洞窟ガイド育成など、洞窟に関わることならすべて請け負う。洞窟をガイドする事業「地球探検社」、洞窟探検チーム「JET」、洞窟探検プロガイドチーム「CiaO!」主宰。

【抜書】
●ソンドン洞窟(p99)
 ベトナムにある世界最大級の洞窟。1990年代初頭に地元民によって発見され、2009年にイギリスの調査隊が本格的な調査を行う。
 もっとも広いところで100~180m、天井の高さは最大240m。40階建てのビルがすっぽり入る。そんな空間が8kmくらい続く。
 洞窟の入り口は4つ、そのうち二つが陥没ドリーネ。その巨大な穴の底はジャングルになっており、サルまで住み着いている。

(2017/4/7)KG

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武蔵野夫人
 [文芸]

武蔵野夫人 (新潮文庫)
大岡昇平/著
出版社名 : 新潮社(新潮文庫 お-6-2)
出版年月 : 2013年7月(改版)
ISBNコード : 978-4-10-106502-1
税込価格 : 529円
頁数・縦 : 281p・16cm


 武蔵野の「はけ」を舞台に、2組の仮面夫婦と、その係累である24歳の復員青年の恋愛と破局を描く。登場人物は、秋山忠雄・道子、大野英治・富子、宮地勉、ほか。

【著者】
大岡 昇平 (オオオカ ショウヘイ)
 明治42年(1909)東京牛込に生まれる。成城高校を経て京大文学部仏文科に入学。成城時代、東大生の小林秀雄にフランス語の個人指導を受け、中原中也、河上徹太郎らを知る。昭和7年京大卒業後、スタンダールの翻訳、文芸批評を試みる。昭和19年3月召集の後、フィリピン、ミンドロ島に派遣され、20年1月米軍の俘虜となり、12月復員。昭和23年『俘虜記』を「文学界」に発表。以後『野火』(読売文学賞)『花影』(新潮社文学賞)『中原中也』(野間文芸賞)『事件』(日本推理作家協会賞)等を発表、この間、昭和47年『レイテ戦記』により毎日芸術賞を受賞した。昭和63年(1988)死去。

(2016/9/9)

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ごてやん 私を支えた母の教え
 [文芸]

ごてやん: 私を支えた母の教え

稲盛和夫/著
出版社名 : 小学館
出版年月 : 2015年11月
ISBNコード : 978-4-09-388399-3
税込価格 : 1,620円
頁数・縦 : 190p・20cm


 稲盛和夫の自伝、人生訓。両親、とりわけ母親の深い愛情によって育まれた崇高な魂が、稀代の名経営者を作ったのである。
 日本の経営者が稲盛さんのような人ばかりだったら、日本はどれほどの一流国になっていただろうか。世界の為政者が、すべて稲盛さんのような考え方をする人たちであったら……。
 それにしても、わがままで泣き虫の「ごてんやん」(ごねる人)が、よくぞ立派な大人に、それも日本一の経営者になったものだ。人の一生とは、子供時代の姿だけでは全く予想できない。人は、いろいろなことを経験し、思い、成長していくんですね。

【目次】
序章 ぜんざいの湯気の向こうに、今も
第1章 泣き虫がガキ大将に
 内弁慶な次男坊
 ごてやんの「三時間泣き」
  ほか
第2章 両親から受け継いだもの
 バランスのとれた夫婦
 士族に木刀の心意気
  ほか
第3章 「人として正しいこと」の基盤
 判断基準のもの
 心のありようが現実を決める
  ほか
第4章 京都大和の家
 心に傷を負った子どもたちのために
 職員の幸せに
第5章 子どもたちに伝えるべきこと
 思いは実現する
 いかにして思いを実現するか
終章 お母さんは神様と同義語

【著者】
稲盛 和夫 (イナモリ カズオ)
 1932年、鹿児島市に生まれる。鹿児島大学工学部卒業。59年、京都セラミック株式会社(現京セラ)を設立。社長、会長を経て、97年から名誉会長。また84年に第二電電(現KDDI)を設立し、会長に就任。01年に最高顧問。10年に日本航空会長に就任。代表取締役会長を経て、15年に名誉顧問。84年には私財を投じて稲盛財団を設立し、理事長に就任。同時に国際賞「京都賞」を創設。毎年、人類社会の進歩発展に功績があった方々を顕彰している。

【抜書】
●一升買い(p81)
 「醤油を5升買えば安くします」と言われれば、ついつい買ってしまう。
 使い切れないからわざわざ多めに使ってみたり、たくさんあるという油断から、乱暴に使ってこぼしてしまったりする。
 しかし、今使う分だけ買うようにすれば、それを大事に、無駄なく使うようになる。
 だから、いま必要なのが1升なら、1升しか買ってはならない。
 これを「1升買い」と呼び、京セラの経営においても原則としてきた。

●『陰騭録(いんしつろく)』(p120)
 今から400年ほど前、明代の袁了凡の書。
 了凡が、学海と呼ばれていた幼いころ、「雲南で易を究めた」というほおひげの立派な老人が少年の家を訪ねてきた。
 「この国にいる袁学海という少年に、私が究めた易の神髄を伝えよという天命が下った。そこで、遠いところからお前さんを訪ねて、わざわざここまで来たのだよ」と言った。
 母親に少年の未来について話し始めた。「この子は医者にはなりません。科挙の試験を受けて、立派な高級官僚として出世をしていきます」。袁家は医者の家系。若くして死んだ父親も医者だった。
 少年の将来を予言。科挙の試験に何番で合格し、云々。「若くして地方の長官となります。結婚はしますが、残念ながら子どもには恵まれず、五十三歳でこの世を去る」。
 その通りになる。ある日、南京に赴き、禅寺の雲谷禅師に教えを請う。座禅に誘われる。禅師は、学海の雑念妄念が一点もない澄み切った姿に姿に舌を巻く。
 学海は、運命通りに生きてきた、それまでのいきさつを語る。
 聞き終えると、ご老師の表情が突然変わり、学海を激しく叱った。
 「若くして素晴らしい境地に達した賢人かと思ったが、あなたはそんな大バカ者だったのか」。
 「たしかにその老人が話した通り、我々にはそれぞれ運命というものが備わっています。しかし、その運命のままに生きるバカがいますか。運命というのは、変えられるのです。人生には、『因果の法則』というものがあり、運命にしたがって生きていく途中で、善いことを思い、善いことを実行すれば、運命はよい方向へと変わっていきます。また逆に悪いことを思い、悪いことを実行すれば、運命は悪い方向へと変わっていくのです。この『因果の法則』というものが、我々の人生にはみな厳然と備わっているのです」。
 妻とともに善きことを実践。その後、子供もでき、70歳過ぎまで生きた。

●人生の目的(p129)
〔 善きことを思い実行することは、運命を好転させるばかりではない。
 実は、善きことを思い、善きことにつとめることを通じて自分の心を磨き、美しくすることは、人生の目的そのものではないかと私は考えている。
 一般的には、人生の目的というと、財産や地位、名誉を築くことのように考えられている。しかしそのようなものは、いくら持っていたとしてもどれ一つとしてあの世へ持っていくことはできない。
 そのような中で、たった一つだけ滅びないものがあるとすれば、それは我々の持つ心、「魂」というものではないかと私は思う。
 死を迎えるときには、現世で作りあげた地位も名誉も財産もすべて捨てていかなければならない。ただ「心」だけを携え、新しく旅立っていくのではないだろうか。
 そのように考えれば、私たちが生きる人生は、善きことを思い、善きことを行うことで、魂を磨き上げるために与えられた時間なのかもしれない。
 生まれてきたときにこの世に持ってきた自分の心を、現世の荒波の中で洗い、磨き、少しでも濁りのない美しいものへと変えていく――
 そのために「人生という名の道場」があるのではないだろうか。〕

(2016/6/24)KG

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潜水服は蝶の夢を見る
 [文芸]

潜水服は蝶の夢を見る

ジャン=ドミニック・ボービー/著 河野万里子/訳
出版社名 : 講談社
出版年月 : 1998年3月
ISBNコード : 978-4-06-208867-1
税込価格 : 1,728円
頁数・縦 : 166p・20cm


 脳出血によって脳幹をやられ、ロックトイン・シンドローム(閉じ込め症候群)に陥ったフランス人の手記。罹患前は、ファッション誌『ELLE』の名編集長だっただけあって、軽妙でユーモアに富んだ筆致は、読む者を惹きつける。閉じ込め症候群はごく稀な難病であるわけだが、この人の手によって一般の人もに認知されるようになったのではないだろうか。

【目次】
プロローグ
車椅子
祈り
バスタイム
アルファベット
皇妃
チネチッタ
旅行者たち
ソーセージ
守護天使
写真
〔ほか〕

【著者】
ボービー,ジャン=ドミニック ()
 1952年生まれ。ジャーナリストとして数紙を渡り歩いた後、世界的なファッション誌、『ELLE』の編集長に就任。名編集長として名を馳せた。しかし、1995年12月8日、突然脳出血で倒れ、ロックトイン・シンドロームと呼ばれる、身体的自由をすべて奪われた状態に陥ってしまう。当時はまだ働き盛りの43歳だった。病床にありながらも、唯一自由に動かせる左目の瞬きだけで本書を「執筆」した。本書は大きな話題を呼び、フランスで大ベストセラーになっただけでなく、世界28ヵ国で出版される世界的なベストセラーとなった。しかし、1997年の3月9日、突然死去。本書がフランスで出版されたわずか2日後のことだった。

河野 万里子 (コウノ マリコ)
 1959年生まれ。上智大学外国語学部フランス語学科卒業。

【抜書】
●最後の一撃(p33)
 〔ある午後、僕が彼女(注:ナポレオン3世の妃、ウジェニー。海軍病院の命名者)の胸像に苦しみを打ち明けていた時のことだった。いつの間にか、彼女と僕の間には、見知らぬ影が割り込んでいた。ショーケースのガラスに、ダイオキシンの樽にでもつかっていたかのような男の顔が、映っていたのだ。口はゆがみ、鼻はでこぼこ、髪も乱れて、恐怖に凍りついたまなざしの男。おまけに一方の目は縫い閉じられ、もう一方の目は、弟アベルを殺したカインの目さながらに、見開かれている。
 しばらく僕は、その瞳孔の開いた目を、じっと、見据えた。それが自分自身の姿であることに、まったく気づかないまま。
 それからゆっくりと、目がくらみそうなほどの奇妙な絶頂感がやってきた。
 僕は社会から隔離され、麻痺し、口がきけず耳も半ば聞こえず、あらゆる喜びを奪われたクラゲのような存在になり果てたというだけでなく、見るもおぞましい醜い姿に、変わってしまっていたのである。
 僕の中に、引きつるような大笑いがこみ上げてきた。災難に次ぐ災難の、最後の一撃をくらって、もう何もかもが冗談なのだと考えるしかなかった。
 いかにも陽気そうにあえぐ僕を見て、ウジェニーは初め、とまどっていた。が、ほどなく、つられて笑い始めた。僕たちは笑った。笑いに笑った。涙があふれ出すまで。〕

●思い出(p44)
〔 楽しみのためには、匂いや味についての、鮮烈な記憶をよみがえらせてみる。それは決して汲み尽くしてしまうことのない、人間の感覚の貯水池だ。残り物をうまく料理するコツがあるように、僕は今、思い出をじっくり煮込むコツに、磨きをかけている。
 さて、その思い出の世界では、僕は今や、何を遠慮することもなく、何時にでも、食卓につくことができるわけだ。レストランに出かけるにしても、もう予約の必要はない。そして自分で料理をすれば、いつでも大成功。牛肉の赤ワイン煮はほっくりとやわらかいし、ゼリー寄せは透明で目にも美しく、アプリコット・タルトからはさわやかな甘酸っぱさが香り立つ。気分によっては、エスカルゴを十二個と、シュークルートとソーセージ、それにいわゆる遅摘みの、金色がかったアルザス・ワイン「ゲヴュルツトラミネール」を奮発してもいい。
 あるいはごくシンプルに、バターを塗ってこんがり焼いた薄いパンを、半熟卵に添えて味わうのもいい。ああ、なんというごちそう! 色あざやかな黄身が口いっぱいにとろりと広がり、ほのかにあたたかく喉を下りてゆく。消化のことも、ここでは気にする必要はない。〕

●ノワルティエ・ド・ヴィルフォール(p55)
 アレクサンドル・デュマ『モンテ・クリスト伯』の登場人物。〔文学に登場した最初の、そしてこれまでのところ唯一の、ロックトイン・シンドローム患者ではあるまいか。〕
 鋭い目をした生ける屍。最も重大な秘密を握っているが、口がきけず、何かを伝えるときは、瞬きだけが言葉の代わり。一度なら「はい」、二度なら「いいえ」。

(2016/5/27)KG

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図書館大戦争
 [文芸]

図書館大戦争

ミハイル・エリザーロフ/著 北川和美/訳
出版社名 : 河出書房新社
出版年月 : 2015年11月
ISBNコード : 978-4-309-20692-9
税込価格 : 3,024円
頁数・縦 : 384p・20cm


 ウクライナ生まれの新進作家による前衛小説(?)。
 原題は「司書」という意味だそうだ。 有川浩『図書館戦争』にあやかったネーミングか。どちらも奇想天外で、本を守る戦いがテーマではある。

【目次】
第1部 本
第2部 シローニン読書室
第3部 祖国の守護者

【著者】
エリザーロフ,ミハイル (Elizarov, Mikhail)
 1973年ウクライナ生まれ。大学卒業後カメラマンなどを経て、2001年、中短篇集『爪』で注目を集める。表題作「爪」でアンドレイ・ベールイ賞候補に。2008年には『図書館大戦争』でロシア・ブッカー賞受賞。暗い想像力と前衛的な文学性をもつ新世代の作家として高く評価される。

北川 和美 (キタガワ カズミ)
 ロシア語通訳・翻訳者。東京大学大学院修了。専攻は現代ロシア文学。

【抜書】
●キーワード
 グロモフ(界)、ネヴェルビノの戦い、ゴルン、モホヴァ、マルガリータ、マクシム叔父、記憶の書、憤怒の書、忍耐の書、権力の書、図書館、シローニン読書室

(2016/5/19)KG

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この世にたやすい仕事はない
 [文芸]

この世にたやすい仕事はない

津村記久子/著
出版社名 : 日本経済新聞出版社
出版年月 : 2015年10月
ISBNコード : 978-4-532-17136-0
税込価格 : 1,728円
頁数・縦 : 347p・20cm


 36歳で燃え尽き症候群(?)により医療ソーシャルワーカーを退職した女性が、5つのあり得ない仕事を転々とする、ある種ユーモア小説。5つとも、実はなさそうであり得る(!)仕事だという点がミソである。これは私もやってみたい、という仕事はないけどね。
 淡々とした文体で、多少はミステリー仕立てになっているものの、大きな盛り上がりのない内容だが、一気に読ませてしまう筆力は素晴らしい。面白かったです。

【目次】
第1話 みはりのしごと
第2話 バスのアナウンスのしごと
第3話 おかきの袋のしごと
第4話 路地を訪ねるしごと
第5話 大きな森の小屋での簡単なしごと

【著者】
津村 記久子 (ツムラ キクコ)
 1978年大阪府生まれ。2005年「マンイーター」(「君は永遠にそいつらより若い」に改題)で太宰治賞を受賞し、作家デビュー。08年『ミュージック・ブレス・ユー!!』で野間文芸新人賞、09年「ポトスライムの舟」で芥川賞、11年『ワーカーズ・ダイジェスト』で織田作之助賞、13年「給水塔と亀」で川端康成文学賞を受賞。

(2016/4/27)KG

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紋切型社会 言葉で固まる現代を解きほぐす
 [文芸]

紋切型社会――言葉で固まる現代を解きほぐす

武田砂鉄/著
出版社名 : 朝日出版社
出版年月 : 2015年4月
ISBNコード : 978-4-255-00834-9
税込価格 : 1,836円
頁数・縦 : 285p・19cm


 紋切型の表現を20個取り上げ、独自の視点で綴ったエッセー。

【目次】
乙武君―障害は最適化して伝えられる
育ててくれてありがとう―親は子を育てないこともある
ニッポンには夢の力が必要だ―カタカナは何をほぐすのか
禿同。良記事。―検索予測なんて超えられる
若い人は、本当の貧しさを知らない―老害論客を丁寧に捌く方法
全米が泣いた―“絶賛”の言語学
あなたにとって、演じるとは?―「情熱大陸」化する日本
顔に出していいよ―セックスの「ニュートラル」
国益を損なうことになる―オールでワンを高めるパラドックス
なるほど。わかりやすいです。―認め合う「ほぼ日」的言葉遣い
会うといい人だよ―未知と既知のジレンマ
カントによれば―引用の印鑑的信頼
うちの会社としては―なぜ一度社に持ち帰るのか
ずっと好きだったんだぜ―語尾はコスプレである
“泣ける”と話題のバラード―プレスリリース化する社会
逆にこちらが励まされた―批評を遠ざける「仲良しこよし」
そうは言っても男は―国全体がブラック企業化する
もうユニクロで構わない―ファッションを彩らない言葉
誰がハッピーになるのですか?―大雑把なつながり

【著者】
武田 砂鉄 (タケダ サテツ)
 1982年生まれ。ライター。東京都出身。大学卒業後、出版社で主に時事問題・ノンフィクション本の編集に携わり、2014年秋よりフリーとなる。多くの雑誌、ウェブ媒体に寄稿。インタビュー・書籍構成も手掛ける。『紋切型社会―言葉で固まる現代を解きほぐす』が初の著作となる。

【抜書】
●ピダハン語(p255)
 アマゾン奥地のピダハン族400人足らずが話す言語。実在するどの言語とも類縁関係にない。
 数値、色彩、方向という概念がない。
 表現は大まかに三つ。①情報を求めるもの(質問)、②新しい情報を明言するもの(宣言)、③命令。
 相手に建設的に気持ちを伝えるための、「ありがとう」や「ごめんなさい」に相当する言葉はない。
 ダニエル・L・エヴェレット『ピダハン 「言語本能」を超える文化と世界観』(みすず書房)による。

(2016/4/2)KG

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武蔵野の歌が聞こえる
 [文芸]

木村快/著
出版社名 :特定非営利活動法人・NPO現代座
出版年月 :2015年6月
ISBNコード :
税込価格 :1,000円
頁数・縦 :111p・21cm

 「武蔵野の歌が聞こえる」という芝居を、市民ボランティアとともに造り上げた経緯と、その過程で調べた川崎平右衛門の事績を解説。

【目次】
武蔵野の歌が聞こえる《ものがたり》
 1 宝永大地震と享保の改革
 2 困難な新田開発
 3 一難去ってまた一難
 4 新田開発は可能か
 5 協同の村
 6 さくら咲く村
芝居は心の街おこし
 1 芝居は心の街おこし
 2 素人の目で江戸の歴史を見つめる
 3 心の街おこしドラマを

【著者】
木村快 (キムラ カイ)
 1936年、朝鮮・大邱府生まれ。NPO現代座代表。

【抜書】
●幕府の記録(p71)
〔 幕府側の記録では農民出身の平右衛門が武蔵野新田開発を成功させ、美濃国(岐阜県)で水害に悩む長良川流域の治水をやり遂げ、さらに出雲国(島根県)銀山奉行として老朽化した鉱山の改革を進めて銀の産出量を倍化させ、全国の銀山を統括する銀山奉行となり、併せて幕府の財政を監査する勘定奉行目付けになって、74歳で没したことがわかる。〕

●8代目(p74)
 川崎平右衛門定孝、幼名辰之介。川崎家は、代々平右衛門を名乗り、定孝は8代目。
 川崎家は、後北条家家臣の末裔。豊臣秀吉の小田原征伐で敗北、押立村に移住。小金井の名家・関一族も同様。
 押立村は多摩川洪水で村が二分された歴史を持ち、川崎家は水害対策の役割を担っていた。

●新田世話役(p88)
 「小金井お救い米くばり」が平右衛門の采配で大きな成果を収め、幕府より銀10枚の褒美と名字帯刀を許され、川崎平右衛門と名乗ることになる。
 元文4年(1739)8月、平右衛門、大岡忠相の要請により、武蔵野新田世話役となる。
 当時、82か村1,320軒余りのうち、どうにか生活できる出百姓(移住してきた百姓)は35軒。自力で営農できる家は9軒。

●武蔵野新田の協同システム(p89)
 畑養料(はたけやしないりょう)……幕府から5,360両を借り入れ、年利1割で商人に貸し付け、利息を稼ぐ。農閑期に最安値の肥料を購入して備蓄。百姓に貸し与える。収穫した雑穀を、商人を通さず、市場価格の2割高で買い取り、有利な時期を見計らって売却。余った雑穀は、食料に困ったときの百姓に支給。
 芝地開発料……開墾地の6割で栽培された収穫は百姓の取り分。安い肥料を十分に使わせ、二毛作。残りの4割の畑は代官所のために商品作物として薬草を栽培させる。薬草を売却した収入は代官所の開発資金にあて、幕府からの開発費支給を不要に。独立した自治体としての機能を備える。代官所の蓄えは、10年足らずで700両に。
 ヒエの備蓄……飢餓対策として、収穫物の1割に当たるヒエを代官所に備蓄させる。ヒエは30年間保存できる。3年間凶作を受けずに済めば、最初の1年分を江戸の市場で売却、その収入をそれぞれの村に分配。

●武蔵野新田の協同システム(p93)

●川崎平右衛門略年表(p109)
 1694年(元禄7) 平右衛門出生。
 1707年(宝永4) 10月 宝永大地震。49日後、富士山大噴火。
 1723年(享保8) 平右衛門、押立村名主となる。武蔵野新田開発令が出る。
 1732年(享保17) 西日本で享保の大飢饉。
 1735年(享保20) 平右衛門、多摩川用水路修復工事請負。その仕事に幕府が注目。
 1737年(元文2) 平右衛門、武蔵野新田に栗林を仕立てる。
 1739年(元文4) 武蔵野新田連続大凶作、餓死者発生。平右衛門、お救い米配り。南北武蔵野新田場世話役となる。
 1743年(寛保3) 支配勘定格(実質的な代官)となる。
 1749年(寛延2) 平右衛門、美濃国の本田(ほんでん)代官となる。
 1762年(宝暦12) 平右衛門、石見国大森代官となり、銀鉱山を復活させる。
 1767年(明和4) 平右衛門、勘定吟味役兼諸国銀山奉行となる。江戸で病没(74歳)。

(2015/11/27)KG


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