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壁を超える
 [スポーツ]

壁を超える (角川新書)
 
川口能活/〔著〕
出版社名:KADOKAWA(角川新書 K-165)
出版年月:2017年10月
ISBNコード:978-4-04-082166-5
税込価格:864円
頁数・縦:212p・18cm
 
 
 42歳にして、J3で現役を続けるサッカー元日本代表のゴールキーパー、川口能活のエッセー。
 「サッカーもそうだけど、人生をもっと楽しんだらどうなんだ」という、デンマークのFCノアシュラン時代のGKコーチから言われた言葉で始まり、「やれることを一〇〇%の力でやっていく。とにかくいまはそれだけだ。」で終わる。
 「ストイックと評価されることがすごく嫌だった」(p.196)と本人は述べているが、たぶん、川口にとって、サッカーに打ち込み、一生懸命練習に励むことは、「ストイック」とは次元の異なることだったのだろう。好きだからこそやっている。単にそういうことなんだろうと思う。「人生を楽しむ」うんぬんより、好きなことを100%の力を出して実行している。それが彼の人生観であり、楽しみなのだろう。Jリーグのカテゴリーを下げても平常心でサッカーを続けられる理由なのかもしれない。そんな川口のまじめさが伝わってくる1冊である。
 それだけ打ち込めなければ、スポーツの世界で一流になることは難しい。
 
【目次】
第1章 苦境のおしえ
 どこかで風向きは変わる。自分に流れがくることは絶対にあると信じて、いつもやってきた
 イングランドのポーツマスFCに移籍して三か月も経たないうちに会長に言われた。「もう、日本に帰ったほうがいいのではないか」
  ほか
第2章 人を育てるということ、組織(チーム)を率いるということ
 子どもの頃、火事で家が全焼した。そのとき父は「一年でまた建てる」と言い、それを現実にする姿を見せてくれた
 「お前は私立に行け」岐路に立ったときには兄が道を示してくれ、譲ってもくれた
  ほか
第3章 リーダーの肖像―指揮官たちに教わったこと
 「お前で行くぞ」高二でワールドユース予選のゴールを任されたことで人生が変わった
 四年間の想いが結実した「シャーアラムの死闘」と「マイアミの奇跡」
  ほか
第4章 厳しかった日々と家族の存在
 二度の大ケガをして心が折れそうになったこともある。それでも、あきらめはしなかった
 「これが現実なのか…」契約更新がないという通知によってそこから先が白紙の状態になってしまった
  ほか
第5章 「現役」であること、「引退」に思うこと
 自分を取り巻く周りの状況が変わっても自分を変えずそれまで以上のことをやっていく
 二十歳ほど若い選手たちとポジションを争う。自分が上にいるのではなく同じ土俵に立って競争している
  ほか
 
【著者】
川口 能活 (カワグチ ヨシカツ)  
 1975年8月15日静岡県富士市生まれ。東海大学第一中学校から91年に清水市立商業高等学校入学。3年時に第72回全国高校サッカー選手権大会で優勝。94年横浜マリノス(現横浜F・マリノス)に加入。翌年にはJリーグ初出場を果たし、同年Jリーグ新人王を獲得。2001年、イングランドのポーツマスFCに移籍。03年にデンマークのFCノアシェラン加入。05年の帰国後、ジュビロ磐田、FC岐阜を経て、16年よりSC相模原所属。
 
【抜書】
●眺めのいい場所(p25)
〔 一度眺めのいい場所に行けたからといって、ずっとそこにいられる人ばかりではないはずだ。そこから降りてきたあとにも人生は続く。
 だとすれば、その場所で戦っていくのが自然なことだと僕は思う。〕
 
●試合をサボる(p62)
 小学生で地元の天間小サッカー少年団に入る。サッカーを始めて間もない小学4年生の時、練習にはちゃんと行くが、試合だけサボるようになっていた。
 とにかく練習が好きだった。
 試合も好きだったが、この頃は5~6年生が中心のトップチームでGKを務めていた。年上の子ばかりで、やりづらさを感じていた。
 3回試合をサボった翌日、「試合にも来なかったんだから、練習に来なくていい」と先生に言われ、1週間ほど、グラウンドに行っても練習に参加させてもらえなかった。母親が先生と話してくれて、練習に戻ることができた。
 
(2017/11/27)KG
 
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黒田博樹 人を導く言葉 エースの背中を追い続けた15年
 [スポーツ]

黒田博樹 人を導く言葉 - エースの背中を追い続けた15年 - (ヨシモトブックス)
 
森拓磨/著
出版社名:ヨシモトブックス
出版年月:2017年10月
ISBNコード:978-4-8470-9606-8
税込価格:1,296円
頁数・縦:214p・19cm
 
 
 テレビ局のアナウンサーによる「黒田博樹」論。「男気」黒田の人柄がよく伝わってくるエピソード満載である。
 映像と書かれたものを通して触れる黒田は、真面目で一本気な性格を思わせるが、結構、大阪人気質ともいうべき笑いとおちゃめを発揮することもあるらしい。身近に接した者しか知らない、本邦初公開の「黒田さん」を存分に見せてくれる。やっぱり、いい人だったんだな。
 「絶対に打たれない(バットに当たらない)球を投げる」という考えを捨て、「100球で完投する」という思考に切り替えたところが素晴らしいと思う。チームのため、エースとしての誇りのため、「完投」精神は捨てられない。しかし、先発100球という決めがある以上、その中で初志を貫く。そのための打たせて取る省エネ・ピッチングを心がける。
 つまるところ、それが長く現役を続けられた秘訣かもしない。また、魅せる試合の演出方法でもあったかもしれない。
 
【目次】
第1章 黒田さんとの出会い 2002~2003年
第2章 試練に立ち向かう姿 2004年
第3章 黒田さんに聞かれた本気 2005年
第4章 88勝目のウイニングボール 2006年
第5章 海を渡る日 2007年
第6章 メジャーリーグ 2008~2014年
第7章 最高の引き際2015~2016年
 
【著者】
森 拓磨 (モリ タクマ)
 1978年、福岡県生まれ。2002年にアナウンサーとして広島テレビ入社。入社1年目からプロ野球中継に携わり、2007年からは広島テレビのスポーツ番組「進め!スポーツ元気丸」でMCを担当する。2008年度、日本テレビ系列「第30回NNSアナウンス大賞・優秀賞」受賞。2011年からは広島テレビの夕方ワイド情報番組「テレビ派」のMCを務める。
 
(2017/11/17)KG
 
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ゲームの支配者ヨハン・クライフ
 [スポーツ]

ゲームの支配者 ヨハン・クライフ
 
ディートリッヒ・シュルツェ=マルメリンク/著 円賀貴子/訳
出版社名:洋泉社
出版年月:2017年6月
ISBNコード:978-4-8003-1242-6
税込価格:2,160円
頁数・縦:478p・19cm
 
 
 クライフを主人公に、現代サッカーの変革を語る。
 それはもともと「トータルフットボール」と呼ばれていた概念で、現代サッカーにおいて最高レベルで達成しているのはバルセロナFCであり、国代表ではスペインか。
 
【目次】
クライフは世界のサッカーの発展にどのレジェンドたちよりも大きな影響を与えた
クライフ、オランダ、バルセロナについて語る
ヨハン以前のオランダ
アヤックス、モークム、イスラエル
トータルフットボールの誕生
ピッチの王様
偉大なるアヤックス
バルセロナへのカルチャー・トランスファー
市民的な反逆者
ほぼ、完璧な夏
痛みはあとからやってくる
アムステルダムへの帰還
“モダン・バルサ”の創造主
これがサッカーだ
“3”でなければならない
ラスト・バトル
 
【著者】
シュルツェ=マルメリンク,ディートリッヒ (Schulze-Marmeling, Dietrich)
 1956年生まれ。ドイツ・ミュンスター近郊の町アルテンベルゲに住む作家、講師。ドイツ代表、ワールドカップ、欧州選手権、ユダヤ人サッカーなど、サッカー史に関する多くの著作により高い評価を得る。
 
円賀 貴子 (マルガ タカコ)
 1971年生まれ。1995年からドイツ在住。大学で国際政治と美術史を学んだあと、サッカーに“転向”。『サンケイスポーツ』の通信員として、毎週ブンデスリーガ、チャンピオンスリーグ、欧州リーグなど年間100試合を取材。ドイツを縦横断する生活を続ける。サッカー各誌でインタビューのコーディネイトや翻訳も行なっている。
 
【抜書】
●デンマーク(p52)
 1889年12月、デン・ハーグのカフェ・セントラルで、Nederlandse Atletiek- en Voerbalbond(NAVB:オランダサッカーと陸上競技協会)が結成された。
 ヨーロッパ大陸で二つ目の、国レベルのサッカー協会。
 一つ目の協会は、1889年5月に創立されたデンマークのダンスク・ボルトスピル・ユニオン(DBU)。
 NAVBは、1895年にオランダサッカー協会(NVB)とオランダ陸上連盟(NAB)に分かれる。
 1929年、NVBからKNVB(Koninklijke Nederlandse Voerbalbond)に改称。
 訳注:「コーニンクレッカ」とは、王や女王から与えられる栄誉称号。
 
●フライング・ダッチマン(p62)
 高いレベルの選手として初めて外国のクラブとプロ契約を結んだのは、アーセナルFCに所属したジェラルド・ピーター(ゲーリット)・ケイザーというアヤックスのゴールキーパー。1930年。
 サッカー選手としてより、英語力を高めるために渡英した。生活費を稼ぐため、ロンドンのコヴェントガーデンにある八百屋で働きながら、アーセナルと関係の深いアマチュアチームでプレーしていた。ハーバート・チャップマン監督の目に留まり、スカウト。
 土曜日にアーセナルでプレイ、日曜日にはアヤックスのリザーブチームでプレー。そのため、イングランドの記者とチームメートは、ケイザーを「フライング・ダッチマン」と命名した。
 ※ 「フライング・ダッチマン」は、もともとクライフに与えられた呼称ではない?
 
●2本線(p248)
 1974年、W杯西ドイツ大会のオランダチーム。ユニフォームはチームサプライヤーのアディダスの3本線だったが、クライフだけ2本線だった。
 クライフがプーマと個人契約を結んでいたため。
 
(2017/9/6)KG
 
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それでも俺にパスを出せ サッカー日本代表に欠けているたったひとつのこと
 [スポーツ]

それでも俺にパスを出せ サッカー日本代表に欠けているたったひとつのこと
 
釜本邦茂/著
出版社名:講談社
出版年月:2017年2月
ISBNコード:978-4-06-220549-8
税込価格:1,296円
頁数・縦:239p・19cm
 
 
 不世出のストライカー釜本が、少年時代、現役時代、引退後にわたり、サッカーについて縦横に語るエッセー。
 やはり、多くの分量を割いているのは1964年の東京五輪とその次のメキシコ五輪のこと。日本代表として一時代を築いた思い出が鮮烈なのだろうし、読む側としても、最も興味のあるところだ。
 面白かったのは、現役時代、自分にはスランプがなかったと語るところ。メンタルの強さと、強烈な自信を感じる。大選手たるゆえんだろう。
 また、中村俊輔に関するエピソードが笑える。少年サッカーを指導していた釜本に「ヘディングはここでするんや」とおでこをたたかれたせいで、俊輔はヘディングを嫌いになったとか……。日本のサッカー界の至宝二人の不幸な出会い!?
 
【目次】
第1章 「ヤマトダマシイを見せてくれ」
第2章 サッカーは戦争だ
第3章 サッカー人生の暗転
第4章 「私は友情のためにここに来た」
第5章 アマチュア以上、プロ未満
第6章 ゴールはポジションでなく「意志」が大切
 
【著者】
釜本 邦茂 (カマモト クニシゲ)
 1944年4月15日生まれ、京都府京都市出身。元サッカー選手、元サッカー指導者、元参議院議員。日本サッカーリーグ通算202得点(歴代1位)、通算79アシスト(歴代1位)、日本年間最優秀選手賞7回、年間優秀11人賞14回、サッカー日本代表として国際Aマッチ76試合75得点(男子歴代1位)、メキシコ五輪にてアジア人初の得点王、銅メダル獲得。第一回日本サッカー殿堂選出。2014年に旭日中綬章。現役引退から今日まで全国各地で1000回を超えるサッカー教室を開催し、のべ50万人を超える子供たちを指導。
 
(2017/4/27)KG
 
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元ACミラン専門コーチのセットプレー最先端理論 得点力+30%
 [スポーツ]

元ACミラン専門コーチのセットプレー最先端理論
 
ジョバンニ・ビオ/著 片野道郎/著
出版社名:ソル・メディア
出版年月:2017年2月
ISBNコード:978-4-905349-30-3
税込価格:1,512円
頁数・縦:205p・19cm
 
 
 「セットプレーとは、通常のサッカーとはルールが異なる、『試合の中のもう一つの試合』だ」という考え方のもと、「セットプレー・コンサルタント」という独自の新しいプロフェッショナルの確立を目指すサッカー・コーチによる理論書。
 セットプレーにおける具体的な「奇策」の教授ではなく、セットプレーで点を取る(取られない)ためのプレー理論を重視した内容となっている。主に、コーナーキックと敵陣深いエリアでのフリーキックについて解説する。
 動的なゲームであるオープンプレーと、静的なゲームであるセットプレーの主な違いは次の三つ。
 ①前提となるルールが変わる。セットプレーでは、攻撃側と守備側に完全に分かれ、攻撃側が100%主導権を握れる。
 ②選手のポジションと役割が変わる。DFがアタッカー、FWが守備者になることもある。
 ③システム(=配置の役割分担)が変わる。オープンプレー中はDF、MF、FWという役割分担だが、フリーキックではボール周辺、ペナルティアリア内、後方の三つの領域に分かれてプレーする。
 そして、③の三つの領域別に、それぞれの選手がどのようにプレーすべきかを解説する。
 この本を読んでフリーキックの専門家にならなくてもよいが、サッカーという競技の奥深さを知ることのできる良書として、おすすめである。
 
【目次】
ワルテル・ゼンガによる序章―セットプレー専門コーチ誕生秘話
第1章 セットプレーとは?
第2章 戦略(構想と配置)
第3章 戦術(準備)
第4章 技術(実行)
第5章 セットプレー守備
第6章 その他のセットプレー
第7章 トレーニング論
ジョバンニ・ビオ特別インタビュー
あとがきにかえて―「日本×セットプレー」の未知なる可能性
 
【著者】
ビオ,ジョバンニ (Vio, Giovanni)
 1953年4月6日、イタリアのベネツィア生まれ。2004年に発表した書籍『得点力+30%』で注目を集め、それを評価したゼンガから当時率いていたアル・アインにセットプレー専門コーチとして招かれる。その後ディナモ・ブカレスト、カターニア、パレルモなどを経て、12-13シーズンにはモンテッラのフィオレンティーナを指導。14-15シーズンにインザーギに請われてミランにステップアップ、15-16シーズンは英国2部のブレントフォードに渡って見聞を広めた。
 
片野 道郎 (カタノ ミチオ)
 1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家。
 
【抜書】
●日本人選手(p196)
 カターニアで10代の森本、ACミランで20代後半の本田を指導。日本人のメンタリティーはセットプレーに向いているという。
 〔学習意欲の高さ、監督やコーチに対するリスペクト、エゴイズムを抑えてチームに献身する姿勢、言われたことを責任を持って遂行する意志……。〕
 
(2017/4/21)KG
 
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一流プロ5人が特別に教えてくれたサッカー鑑識力
 [スポーツ]

一流プロ5人が特別に教えてくれたサッカー鑑識力

大塚一樹/著
出版社名 : ソル・メディア
出版年月 : 2016年6月
ISBNコード : 978-4-905349-27-3
税込価格 : 1,728円
頁数・縦 : 235p・19cm


 サッカー観戦に「倦怠期」を迎えている人のために、サッカーのプロフェッショナル5人から伝授された、よりレベルアップした視点(鑑識力)を提供する。
 その5人は、選手、監督、クラブ経営者、ゲーム分析アナリスト、通訳と多士済々。違った立場からサッカーを観る視点が新鮮である。

【目次】
第1章 現役選手の目線―中村憲剛 川崎フロンターレ(2010年FIFAワールドカップ日本代表)(p16‐55)
 試合中に斜め上から見ている感覚は、どうすれば掴めるのだろうか
 事前情報はしっかり頭に入れて、本番ではリアルな情報を重視する
  ほか
第2章 現役監督の目線―城福浩(FC東京監督、元U-17日本代表監督)(‐p101)
 観る前に理解しておくべき“ベーシック”の重要性
 万国共通のベーシックの上には、マイフェイバリットが積み重なる
  ほか
第3章 クラブ経営者の目線―大倉智(いわきFC代表取締役、元・湘南ベルマーレ代表取締役社長)(-p141)
 プロセス至上の異色の経営者。サッカーの見方は単純明快だ
 理念を持っているのが片方だけだと、ハラハラドキドキの好ゲームは生まれない
  ほか
第4章 アナリストの目線―白井裕之(アヤックスアカデミーのパフォーマンス・ゲーム分析アナリスト)(‐p179)
 主観ではなく客観的な眼差しこそ、サッカーアナリストのまさに肝
 オランダのアナリストたちが問題発見に用いる「ゲーム分析」とは?
  ほか
第5章 オシムの目線に学んだ愛弟子―間瀬秀一(ブラウブリッツ秋田監督、イビチャ・オシム氏の元通訳)(‐p229)
 オシムの思考を先読みすべく、こだわったのが目線の共有
 オシムが求めていたのはトレーニング中の戸惑い
  ほか

【著者】
大塚 一樹 (オオツカ カズキ)
 1977年新潟県長岡市生まれ。大学在学中から作家・スポーツライターの小林信也氏に師事。独立後はさまざまな分野の執筆、編集、企画に携わる。

【抜書】
●斜め上(p16)
 試合中、斜め上からの視点でピッチ上の動きを見ている。
 「自分の目線が、ピッチレベルより少し高いところまで伸びているイメージですね。昔あったテレビゲームのリベログランデ(注:一人称視点を採用したサッカーゲーム)の画面を思い浮かべてもらうとわかりやすいかもしれません。ああいう視点に脳の中で変換されているんです」
 「ボールを持っていないときは360度どこでも自由に見られますよね。でも、ボールが来た瞬間の視野は違います。トラップ技術で大きく変わってくるんです」
 「トラップの精度によって“ヘッドアップできる時間”の長さが大きく変わります。」
 「大切なのは“意識”です。いくら技術があっても、近いところしか見ようとしない選手には近くしか見えません。遠くを見ようとする意識があれば、視野は広がります」
 「実際にできるだけ遠くを見るのが、一つの方法でしょう。具体的にはゴールですよね。サッカーの目的は点を取ることです。最初に見るべきなのは、相手が絶対に行かせたくないところ、つまりゴールです。そこから徐々に選択肢を変えていきます」
 「試合のあと、映像で自分のプレーを確認するんです。映像とピッチレベルで実際に見た情報を、すり合わせていく感覚ですね。上からの視点で観ると、ピッチレベルでの見え方とは違った選択肢がたくさん見つかります。どうしてあの選択をしたのか、もっと良いプレーができたんじゃないか、検討するわけです」(p46)
〔 こうした記憶と映像のすり合わせを継続してきた賜物が、斜め上からの視点なのだろう。〕

●バルセロナ(p26)
 試合観戦をさらに堪能するために、テレビで伝わりにくい事情を想像する。
 「僕の好きなバルサの試合だって、もっと楽しめます。バルサの対戦相手はピッチに水を撒かないし、そもそも芝生をカットしないで長いままにしておきます。そうやって、パスサッカーを少しでも封じようとするわけです。バルサが何となくやりにくそうに映る試合ってありますよね。それでも勝ってしまうのが、バルサのすごいところですけど(笑)」

●サッカーの構造(p155)
 オランダサッカー協会は、サッカーをシンプルに理解するために、その構造を明示している。「チームファンクション」「チームタスク」「チームオーガニゼーション」という組織的な構成要素に、個人レベルの「サッカーのアクション」を加えて完全なサッカーとなる。
◆チームファンクション
 サッカーにおけるプレーの目的を4つに大別。
 ① 攻撃
 ② 守備
 ③ 攻撃から守備への切り替え
 ④ 守備から攻撃への切り替え
◆チームタスク
 チームファンクションを具体的な行動に分ける。
 《攻撃的タスク》
  ① ビルドアップ:ゴールキックまたはGKからのパスから、シュートチャンスを作るまで
  ② 得点をする
 《守備的タスク》
  ③ 敵のビルドアップの妨害
  ④ 失点を防ぐ
 ゲーム分析は、どのチームファンクション、どのチームタスクを実行中かのチェックから始まる。
◆チームオーガニゼーション
 チームファンクションとチームタスクを実践するために使う、システムやフォーメーション。選手のポジションとタスクを明確にするための手段。
 オランダにおける基本のチームオーガニゼーションは三つ。1-4-3-3、1-4-4-2、1-5-3-2。他はバリエーション。たとえば、アヤックスの1-3-4-3は、1-4-3-3の派生。センターバックの一人が中盤に上がった形。
◆サッカーのアクション
 オランダの指導現場では、数年前から、主観的なテクニックという言葉を使わなくなった。「サッカーのアクション」という言葉に置き換えて、より明確に細分化している。「攻撃のサッカーのテクニックはできている」「守備のサッカーのテクニックはまだまだ」という具合。
 メインアクション……目に見える人間のプレー動作。パス、シュート、ヘディング、ドリブル(以上オンザボールのプレー)、フリーランニング、プレッシング、マーキング、カバーリング(以上オフザボールの動き)、など。メインアクションは、①ポジション、②モーメント(タイミング)、③スピード、④方向、の四つの指標で分析。
 サポートアクション……目に見えない「判断」。状況をしっかり把握して適切なプレーを選択する能力、ゲームレベルで円滑なコミュニケーションを取れる能力、など。

(2016/9/28)

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サッカーGK(ゴールキーパー)の教科書
 [スポーツ]

サッカー GKの教科書 (PERFECT LESSON BOOK)

権田修一/監修
出版社名 : 実業之日本社(パーフェクトレッスンブック)
出版年月 : 2015年8月
ISBNコード : 978-4-408-45557-0
税込価格 : 1,728円
頁数・縦 : 187p・21cm


 サッカー日本代表の中堅ゴールキーパーによる、ゴールキーパーの教則本。テクニックの解説だけでなく、どんなゴールキーパーが本当に良いキーパーなのかということについて、丁寧に説いている。出版時点で26歳、まだ若いのにしっかりした考え方をもっている。楢崎(名古屋グランパスエイト)や西川(浦和レッズ)もそうだが、良いゴールキーパーとはある面、哲学者でなければならないのかもしれない。
 あとがきで、ゴールキーパーとして一番喜びを感じるのは、「チームが勝ったとき」と述べている。決して、ビッグセーブをしたときでも、コースを完全に読みきってPKを止めたときでもないという。負けたときには、「チームを勝たせるために、GKとしてできることはあったんじゃないかと思ってしまう」らしい。この責任感が、ゴールキーパーとしての最大の資質なのである。

【目次】
1 ポジショニング―ベストなポジションは常に変化する!
2 構え方―一番ゴールを守れるベストな構え方を見つけよう!
3 ステップワーク―いつでも、どこにでも動ける体勢でいよう!
4 シュートストップ―キャッチするのが最高のプレー!
5 クロスボール―クロスボールはGKが最も有利!
6 セットプレー―セットプレーではGKが“司令塔”になる!
7 スロー&フィード―GKは攻撃の起点にならないといけない!
8 ウォーミングアップ―試合を想定してアップをしよう!

【著者】
権田 修一 (ゴンダ シュウイチ)
 1989年3月3日生まれ、東京都世田谷区出身。小学生からサッカーを始める。FC東京U-15、FC東京U-18を経て、高校3年生だった2006年に第二種登録選手としてトップチームに帯同。2009シーズンより正GKとして活躍し、同年には当時のJリーグ記録となる16試合完封を達成した。U-15時代から各年代の日本代表に選ばれ、2009年にはアジアカップ最終予選イエメン戦でA代表に初招集され、代表デビューを果たす。2012年にはロンドンオリンピックに正GKとして出場し、日本のベスト4進出に貢献。2014年にはブラジルワールドカップの日本代表メンバーに選出された。

(2016/1/13)KG

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君は山口高志を見たか 伝説の剛速球投手
 [スポーツ]

君は山口高志を見たか 伝説の剛速球投手

鎮勝也/著
出版社名 : 講談社
出版年月 : 2014年10月
ISBNコード : 978-4-06-219260-6
税込価格 : 1,620円
頁数・縦 : 269p・20cm
 
 
■もっと見たかった
 広島カープがセリーグで初優勝し、私のプロ野球に対する関心がもっとも高かったころ、その男は彗星のように現れ、そして彗星のように消えていった。強烈なインパクトとともに。
 山口高志、1950年5月15日、兵庫県神戸市長田区宮川町生まれ。身長169cmの小柄ながら、時速160kmを超えていただろうと言われるほどの剛速球を投げ込んだ(当時、スピードガンは普及していなかった)。直球一本やりで常に真っ向勝負、歴代最速の呼び声高い名投手である。
 プロ8年間で、投球回数787回、自責点278、防御率3.18、奪三振600、50勝43敗44セーブだった。そのほとんど、47勝35セーブを、引退の原因となった腰痛を発症する前の4年間で稼いでいる。太く短く……。はかない栄光であった、と思う。しかし、その後も阪急/オリックスのコーチやスカウトとして、そして、65歳となった現在も阪神タイガースの投手コーチとして球界に籍を置いている。短かった現役を引退した後も、野球一筋の人生を全うしていると言ってよいだろう。
 1995年にヤクルトからオリックスに移籍し、50登板でリーグ制覇に貢献したリリーフ投手の鈴木平はこう語る。
 「みんな楽しいブルペンを失いたくなかった。だから頑張ったんです」(p.237)
 ブルペン担当の投手コーチとして、選手から慕われていた様子が伺えるエピソードだ。
 大学時代には、野手のトンネルに対して「俺がバットに当てさせたのが悪かった」と言い放ち、エラーを責めることはなかったという。現役時代も、仲間や監督から信頼されていた。
 阪神でスカウトやっていた時の同僚、菊地敏幸は評する。
 「タカシとは同じ五〇年生まれだけど、早生まれで二ヵ月だけ先輩の自分を立ててくれる。スーパースターは普通何か欠けているところがあるが、あいつはいつも自然体だった」(p.255)
 こんな「スーパースター」がいたんだ! 伝説の名投手、山口高志の偉業とすばらしい人間性を知ることのできる1冊である。

【目次】
1 衝撃
2 プロ入り拒否
3 誕生
4 葛藤
5 プロの壁
6 最盛期
7 阪急の悲願
8 引退
9 継承

【著者】
鎮 勝也 (シズメ カツヤ)
 1966年(昭和41)年生まれ。大阪府吹田市出身。スポーツライター。大阪府立摂津高校、立命館大学産業社会学部を卒業。デイリースポーツ、スポーツニッポン新聞社で整理、取材記者を経験する。スポーツ紙記者時代は主にアマ、プロ野球とラグビーを担当。野球は久保康生、薮恵壹、山田正雄各氏、ラグビーは坂田好弘氏に師事する。

【抜書】
●トンネル(p65)
 関西大学時代の達摩(だるま)省一監督の弁。「タカシがわしにかみついたことは一切あらへん。バックがスカタン(エラー)しても顔に出さん。野手のトンネルに『俺がバットに当てさせたのが悪かった』と言うとった。そんなセリフ、今まで聞いたことがない。みんなが信頼しとった。すごい奴やった」

(2015/7/12)KG

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通訳日記 ザックジャパン1397日の記録
 [スポーツ]

通訳日記 ザックジャパン1397日の記録 (Sports Graphic Number PLUS)
矢野大輔/著
出版社名 : 文藝春秋(Number PLUS)
出版年月 : 2014年11月
ISBNコード : 978-4-16-008204-5
税込価格 : 1,620円
頁数・縦 : 413p・19cm

 
■敗因
 あらためてザック・ジャパンはいいチームだったんだなあ、と思う。W杯で結果が出なかったのは、主力の本田、香川、長谷部が自分のチームでコンスタントに試合に出ていなかったことが大きいと私は考えている。チームとしてのコンセプトがずれてきたとか、3‐4‐3にこだわりすぎて選手と監督との間に隙間が生まれたとか言われていたけど、そんなことは、本書を読む限り感じれらなかった。チームの団結と、選手間、選手・監督間の強い信頼関係が伝わってくる。
 一つ疑問に思っていたこと、それは、なぜ遠藤がフル出場しなかったのか、ということだった。長谷部の体調が不十分だったにもかかわらず、である。答えは、山口蛍の成長と、青山の台頭にあった。ザッケローニは、蛍を絶賛する。現に、MF(ボランチ)の中で出場時間がもっとも多く、しかもフル出場2試合は蛍だけだった。
 また、青山については、“遠藤の後継者”が「ようやく見つかった」(p363)と言わしめている。しかし、チームを背負う存在に育てるには、ちょっと時間が足りなかったようだ。
 長谷部の負傷があったとはいえ、最後の最後で不動のボランチ2枚に手を入れざるを得なかったことも敗因の一つだったのではなかろうか。

【目次】
1 ザックジャパン誕生―2010~2012
 日本代表通訳就任「日本に戻る準備はできたか?」
 ザックジャパン始動「初陣アルゼンチン戦の金星」
 アジア杯優勝「このチームの伸びしろは計り知れない」
 東日本大震災とチャリティーマッチ「日本は止まることを知らない国」
 W杯アジア3次予選突破「目標に向けての第一歩に過ぎない」
 W杯アジア最終予選「今のままでは強豪に太刀打ちできない」

2 世界との距離を詰める―2012~2013
 欧州遠征vs.フランス&ブラジル「真の強者と戦うことで実力がわかる」
 ブラジルW杯出場決定「我々のサッカーをすれば何も問題ない」
 コンフェデレーションズ杯「世界との差をこの1年間で詰める」
 東アジア杯と新戦力台頭「できない選手に『やれ』とは言わない」
 東欧遠征vs.セルビア&ベラルーシ「ミンスクの夜のHHEミーティング」
 欧州遠征vs.オランダ&ベルギー「勝つべくして勝った試合だった」

3 W杯で世界を驚かせるために―2014
 W杯代表メンバー選考「発表前夜にかけた主将への電話」
 指宿合宿&アメリカ合宿「ハセはチームにとって大切すぎるんだ」
 ブラジルW杯「我々のサッカーを全員で信じてやろう」

【著者】
矢野 大輔 (ヤノ ダイスケ)
 1980年7月19日、東京都生まれ。15歳でイタリアに渡りトリノの下部組織でプレー。22歳でトリノのスポーツマネジメント会社に就職。デル・ピエロを始めとするトップアスリートのマネジメントや企業の商談通訳やコーディネイトに従事する。2006年から2008年にトリノに所属した大黒将志の通訳となる。2010年9月、ザッケローニ日本代表監督就任に伴いチーム通訳に。ブラジルW杯終了後、監督の退任とともに代表チームを離れた。

(2015/4/14)

〈この本の詳細〉


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マラソンと日本人
 [スポーツ]

マラソンと日本人 (朝日選書)
 
武田薫/著
出版社名 : 朝日新聞出版(朝日選書 923)
出版年月 : 2014年8月
ISBNコード : 978-4-02-263023-0
税込価格 : 1,728円
頁数・縦 : 313, 19P・19cm


 ランナーに的を絞り、日本人とマラソンの歴史をまとめた好著。

【目次】
走り出した日本人
金栗四三―学生の大志と箱根駅伝
孫基禎―「内鮮一体」の表裏
“ボストンマラソン”と戦後復興
円谷幸吉と東京オリンピック
祭りのあとの空白―ポスト君原健二
瀬古利彦の栄光と挫折
中山竹通のたった独りの反乱
女子マラソンと夏のメダル
ケニア参入と日本の内向化
川内優輝―鈍足のエリートと“東京マラソン”

【著者】
武田 薫 (タケダ カオル)
 1950年宮城県生まれ。スポーツライター。東京外国語大学卒業後、報知新聞記者を経て85年からフリーに。マラソン、テニス、野球などを中心に取材。

【抜書】
●金栗四三(p25)
金栗四三(かなくりしぞう)、1891年8月20日、熊本県玉名郡春富村中林(現・和水〈なごみ〉町)生まれ。
 1912年、第5回オリンピック・ストックホルム大会に日本人初のマラソン参加。途中棄権。
 1920年アントワープ、1924年パリにも参加(16年ベルリンは中止)。

●孫基禎(p68)
 孫基禎(ソンギジョン)、養正高等普通学校出身。養正高普、内地の旧制中学校にあたる。
 1912(大正元)年8月29日、北朝鮮と中国の国境を流れる鴨緑江の町、新義州出身。4人兄弟の末っ子、貧しい雑貨商の生まれ。
 働きながら小学校を卒業したのが15歳。養正高普に入学したのは19歳。卒業後、長野県松本市で4カ月の丁稚奉公も経験。
 ベルリン・オリンピック(1936年)のマラソンで優勝。2時間29分19秒。南昇龍が3位。
 表彰台で二人はうつむいていた。孫は、オリンピックの表彰式で国旗が掲揚され、国歌が演奏されることを知らなかった。

●箱根駅伝(p98)
 戦前戦中、6度の「箱根」駅伝中止。
 1940年の第21回大会、陸軍による中止命令。東海道の軍事利用のため。
 1941年は、「東京-青梅間大学専門学校学徒鍛錬継走大会」として実施。8区間107km、12校参加。
 1942年は、41年11月30日に東京-青梅間で繰り上げ開催。12月8日、真珠湾攻撃。
 1943年、第22回箱根駅伝は、「紀元二千六百三年靖国神社・箱根神社往復 関東学徒鍛錬継走大会」と銘打つことで軍当局の開催許可を得る。
 1944年から46年まで中止。
 2回の東京-青梅間の駅伝は、箱根駅伝の大会数に数えられていない。

●福岡国際マラソン(p177)
 1947年、「金栗賞朝日マラソン」として熊本市でスタート。
 その後、高松市、静岡市、広島市などを転々とし、1954年、第8回からオリンピックやボストンマラソンの上位選手を招待し、国内初の国際大会として生まれ変わる。鎌倉市で開催。
 第9回から「朝日国際マラソン」と名称変更。
 第13回大会から、福岡市の平和台競技場を発着するコースに定着。
 63年のみ、プレオリンピックとして東京で開催。
 ボストン、ウィンザー(英国)、コシチ(チェコ)とともに「世界四大マラソン」と呼ばれ、高いレベルを誇るようになる。
 
●蝦夷ウコギ(p207)
 ロサンゼルス五輪直前、瀬古は村尾慎悦マネージャーと日本に居残って練習。北海道合宿中、血尿が出たので疲労回復のために漢方薬の蝦夷ウコギを服用。
 IOCがドーピングに厳しくなったので、ロスの中村清から電話が入る。東京に戻って違反薬物でないか検査するが、専門家がおらず、分からずじまい。不安を抱えたまま、渡米、マラソンに参加。結果は惨敗。

●女子マラソン(p243)
 女子マラソンの歴史はボストンマラソンに始まる。
 1966年の大会に、23歳のボビー・ギップがエントリーしたが、規定に従い門前払い。ただし、ボストン体育協会は、混雑に紛れてスタートすることを黙認。3時間21分40秒で完走。
 1967年には、キャスリン・スイッツァーという女子大生が性別を伏せてエントリー、「公式参加」。途中で気付いた体協役員がゼッケンをむしり取ろうとしたが、キャスリンの男性同僚が体当たりして阻止、そのまま4時間20分前後でゴールしたが、正式記録には残っていない。同大会でギップは再び非公認で参加、3時間27分17秒。
 その後、72年から公式に女性に門戸開放、66年のギップの記録を公認。

【参考文献】
 青山一郎『栄光と孤独のかなたへ――円谷幸吉物語』ベースボール・マガジン社、1980年

(2014/11/23)KG

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