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ゲームの支配者ヨハン・クライフ
 [スポーツ]

ゲームの支配者 ヨハン・クライフ
 
ディートリッヒ・シュルツェ=マルメリンク/著 円賀貴子/訳
出版社名:洋泉社
出版年月:2017年6月
ISBNコード:978-4-8003-1242-6
税込価格:2,160円
頁数・縦:478p・19cm
 
 
 クライフを主人公に、現代サッカーの変革を語る。
 それはもともと「トータルフットボール」と呼ばれていた概念で、現代サッカーにおいて最高レベルで達成しているのはバルセロナFCであり、国代表ではスペインか。
 
【目次】
クライフは世界のサッカーの発展にどのレジェンドたちよりも大きな影響を与えた
クライフ、オランダ、バルセロナについて語る
ヨハン以前のオランダ
アヤックス、モークム、イスラエル
トータルフットボールの誕生
ピッチの王様
偉大なるアヤックス
バルセロナへのカルチャー・トランスファー
市民的な反逆者
ほぼ、完璧な夏
痛みはあとからやってくる
アムステルダムへの帰還
“モダン・バルサ”の創造主
これがサッカーだ
“3”でなければならない
ラスト・バトル
 
【著者】
シュルツェ=マルメリンク,ディートリッヒ (Schulze-Marmeling, Dietrich)
 1956年生まれ。ドイツ・ミュンスター近郊の町アルテンベルゲに住む作家、講師。ドイツ代表、ワールドカップ、欧州選手権、ユダヤ人サッカーなど、サッカー史に関する多くの著作により高い評価を得る。
 
円賀 貴子 (マルガ タカコ)
 1971年生まれ。1995年からドイツ在住。大学で国際政治と美術史を学んだあと、サッカーに“転向”。『サンケイスポーツ』の通信員として、毎週ブンデスリーガ、チャンピオンスリーグ、欧州リーグなど年間100試合を取材。ドイツを縦横断する生活を続ける。サッカー各誌でインタビューのコーディネイトや翻訳も行なっている。
 
【抜書】
●デンマーク(p52)
 1889年12月、デン・ハーグのカフェ・セントラルで、Nederlandse Atletiek- en Voerbalbond(NAVB:オランダサッカーと陸上競技協会)が結成された。
 ヨーロッパ大陸で二つ目の、国レベルのサッカー協会。
 一つ目の協会は、1889年5月に創立されたデンマークのダンスク・ボルトスピル・ユニオン(DBU)。
 NAVBは、1895年にオランダサッカー協会(NVB)とオランダ陸上連盟(NAB)に分かれる。
 1929年、NVBからKNVB(Koninklijke Nederlandse Voerbalbond)に改称。
 訳注:「コーニンクレッカ」とは、王や女王から与えられる栄誉称号。
 
●フライング・ダッチマン(p62)
 高いレベルの選手として初めて外国のクラブとプロ契約を結んだのは、アーセナルFCに所属したジェラルド・ピーター(ゲーリット)・ケイザーというアヤックスのゴールキーパー。1930年。
 サッカー選手としてより、英語力を高めるために渡英した。生活費を稼ぐため、ロンドンのコヴェントガーデンにある八百屋で働きながら、アーセナルと関係の深いアマチュアチームでプレーしていた。ハーバート・チャップマン監督の目に留まり、スカウト。
 土曜日にアーセナルでプレイ、日曜日にはアヤックスのリザーブチームでプレー。そのため、イングランドの記者とチームメートは、ケイザーを「フライング・ダッチマン」と命名した。
 ※ 「フライング・ダッチマン」は、もともとクライフに与えられた呼称ではない?
 
●2本線(p248)
 1974年、W杯西ドイツ大会のオランダチーム。ユニフォームはチームサプライヤーのアディダスの3本線だったが、クライフだけ2本線だった。
 クライフがプーマと個人契約を結んでいたため。
 
(2017/9/6)KG
 
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それでも俺にパスを出せ サッカー日本代表に欠けているたったひとつのこと
 [スポーツ]

それでも俺にパスを出せ サッカー日本代表に欠けているたったひとつのこと
 
釜本邦茂/著
出版社名:講談社
出版年月:2017年2月
ISBNコード:978-4-06-220549-8
税込価格:1,296円
頁数・縦:239p・19cm
 
 
 不世出のストライカー釜本が、少年時代、現役時代、引退後にわたり、サッカーについて縦横に語るエッセー。
 やはり、多くの分量を割いているのは1964年の東京五輪とその次のメキシコ五輪のこと。日本代表として一時代を築いた思い出が鮮烈なのだろうし、読む側としても、最も興味のあるところだ。
 面白かったのは、現役時代、自分にはスランプがなかったと語るところ。メンタルの強さと、強烈な自信を感じる。大選手たるゆえんだろう。
 また、中村俊輔に関するエピソードが笑える。少年サッカーを指導していた釜本に「ヘディングはここでするんや」とおでこをたたかれたせいで、俊輔はヘディングを嫌いになったとか……。日本のサッカー界の至宝二人の不幸な出会い!?
 
【目次】
第1章 「ヤマトダマシイを見せてくれ」
第2章 サッカーは戦争だ
第3章 サッカー人生の暗転
第4章 「私は友情のためにここに来た」
第5章 アマチュア以上、プロ未満
第6章 ゴールはポジションでなく「意志」が大切
 
【著者】
釜本 邦茂 (カマモト クニシゲ)
 1944年4月15日生まれ、京都府京都市出身。元サッカー選手、元サッカー指導者、元参議院議員。日本サッカーリーグ通算202得点(歴代1位)、通算79アシスト(歴代1位)、日本年間最優秀選手賞7回、年間優秀11人賞14回、サッカー日本代表として国際Aマッチ76試合75得点(男子歴代1位)、メキシコ五輪にてアジア人初の得点王、銅メダル獲得。第一回日本サッカー殿堂選出。2014年に旭日中綬章。現役引退から今日まで全国各地で1000回を超えるサッカー教室を開催し、のべ50万人を超える子供たちを指導。
 
(2017/4/27)KG
 
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元ACミラン専門コーチのセットプレー最先端理論 得点力+30%
 [スポーツ]

元ACミラン専門コーチのセットプレー最先端理論
 
ジョバンニ・ビオ/著 片野道郎/著
出版社名:ソル・メディア
出版年月:2017年2月
ISBNコード:978-4-905349-30-3
税込価格:1,512円
頁数・縦:205p・19cm
 
 
 「セットプレーとは、通常のサッカーとはルールが異なる、『試合の中のもう一つの試合』だ」という考え方のもと、「セットプレー・コンサルタント」という独自の新しいプロフェッショナルの確立を目指すサッカー・コーチによる理論書。
 セットプレーにおける具体的な「奇策」の教授ではなく、セットプレーで点を取る(取られない)ためのプレー理論を重視した内容となっている。主に、コーナーキックと敵陣深いエリアでのフリーキックについて解説する。
 動的なゲームであるオープンプレーと、静的なゲームであるセットプレーの主な違いは次の三つ。
 ①前提となるルールが変わる。セットプレーでは、攻撃側と守備側に完全に分かれ、攻撃側が100%主導権を握れる。
 ②選手のポジションと役割が変わる。DFがアタッカー、FWが守備者になることもある。
 ③システム(=配置の役割分担)が変わる。オープンプレー中はDF、MF、FWという役割分担だが、フリーキックではボール周辺、ペナルティアリア内、後方の三つの領域に分かれてプレーする。
 そして、③の三つの領域別に、それぞれの選手がどのようにプレーすべきかを解説する。
 この本を読んでフリーキックの専門家にならなくてもよいが、サッカーという競技の奥深さを知ることのできる良書として、おすすめである。
 
【目次】
ワルテル・ゼンガによる序章―セットプレー専門コーチ誕生秘話
第1章 セットプレーとは?
第2章 戦略(構想と配置)
第3章 戦術(準備)
第4章 技術(実行)
第5章 セットプレー守備
第6章 その他のセットプレー
第7章 トレーニング論
ジョバンニ・ビオ特別インタビュー
あとがきにかえて―「日本×セットプレー」の未知なる可能性
 
【著者】
ビオ,ジョバンニ (Vio, Giovanni)
 1953年4月6日、イタリアのベネツィア生まれ。2004年に発表した書籍『得点力+30%』で注目を集め、それを評価したゼンガから当時率いていたアル・アインにセットプレー専門コーチとして招かれる。その後ディナモ・ブカレスト、カターニア、パレルモなどを経て、12-13シーズンにはモンテッラのフィオレンティーナを指導。14-15シーズンにインザーギに請われてミランにステップアップ、15-16シーズンは英国2部のブレントフォードに渡って見聞を広めた。
 
片野 道郎 (カタノ ミチオ)
 1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家。
 
【抜書】
●日本人選手(p196)
 カターニアで10代の森本、ACミランで20代後半の本田を指導。日本人のメンタリティーはセットプレーに向いているという。
 〔学習意欲の高さ、監督やコーチに対するリスペクト、エゴイズムを抑えてチームに献身する姿勢、言われたことを責任を持って遂行する意志……。〕
 
(2017/4/21)KG
 
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一流プロ5人が特別に教えてくれたサッカー鑑識力
 [スポーツ]

一流プロ5人が特別に教えてくれたサッカー鑑識力

大塚一樹/著
出版社名 : ソル・メディア
出版年月 : 2016年6月
ISBNコード : 978-4-905349-27-3
税込価格 : 1,728円
頁数・縦 : 235p・19cm


 サッカー観戦に「倦怠期」を迎えている人のために、サッカーのプロフェッショナル5人から伝授された、よりレベルアップした視点(鑑識力)を提供する。
 その5人は、選手、監督、クラブ経営者、ゲーム分析アナリスト、通訳と多士済々。違った立場からサッカーを観る視点が新鮮である。

【目次】
第1章 現役選手の目線―中村憲剛 川崎フロンターレ(2010年FIFAワールドカップ日本代表)(p16‐55)
 試合中に斜め上から見ている感覚は、どうすれば掴めるのだろうか
 事前情報はしっかり頭に入れて、本番ではリアルな情報を重視する
  ほか
第2章 現役監督の目線―城福浩(FC東京監督、元U-17日本代表監督)(‐p101)
 観る前に理解しておくべき“ベーシック”の重要性
 万国共通のベーシックの上には、マイフェイバリットが積み重なる
  ほか
第3章 クラブ経営者の目線―大倉智(いわきFC代表取締役、元・湘南ベルマーレ代表取締役社長)(-p141)
 プロセス至上の異色の経営者。サッカーの見方は単純明快だ
 理念を持っているのが片方だけだと、ハラハラドキドキの好ゲームは生まれない
  ほか
第4章 アナリストの目線―白井裕之(アヤックスアカデミーのパフォーマンス・ゲーム分析アナリスト)(‐p179)
 主観ではなく客観的な眼差しこそ、サッカーアナリストのまさに肝
 オランダのアナリストたちが問題発見に用いる「ゲーム分析」とは?
  ほか
第5章 オシムの目線に学んだ愛弟子―間瀬秀一(ブラウブリッツ秋田監督、イビチャ・オシム氏の元通訳)(‐p229)
 オシムの思考を先読みすべく、こだわったのが目線の共有
 オシムが求めていたのはトレーニング中の戸惑い
  ほか

【著者】
大塚 一樹 (オオツカ カズキ)
 1977年新潟県長岡市生まれ。大学在学中から作家・スポーツライターの小林信也氏に師事。独立後はさまざまな分野の執筆、編集、企画に携わる。

【抜書】
●斜め上(p16)
 試合中、斜め上からの視点でピッチ上の動きを見ている。
 「自分の目線が、ピッチレベルより少し高いところまで伸びているイメージですね。昔あったテレビゲームのリベログランデ(注:一人称視点を採用したサッカーゲーム)の画面を思い浮かべてもらうとわかりやすいかもしれません。ああいう視点に脳の中で変換されているんです」
 「ボールを持っていないときは360度どこでも自由に見られますよね。でも、ボールが来た瞬間の視野は違います。トラップ技術で大きく変わってくるんです」
 「トラップの精度によって“ヘッドアップできる時間”の長さが大きく変わります。」
 「大切なのは“意識”です。いくら技術があっても、近いところしか見ようとしない選手には近くしか見えません。遠くを見ようとする意識があれば、視野は広がります」
 「実際にできるだけ遠くを見るのが、一つの方法でしょう。具体的にはゴールですよね。サッカーの目的は点を取ることです。最初に見るべきなのは、相手が絶対に行かせたくないところ、つまりゴールです。そこから徐々に選択肢を変えていきます」
 「試合のあと、映像で自分のプレーを確認するんです。映像とピッチレベルで実際に見た情報を、すり合わせていく感覚ですね。上からの視点で観ると、ピッチレベルでの見え方とは違った選択肢がたくさん見つかります。どうしてあの選択をしたのか、もっと良いプレーができたんじゃないか、検討するわけです」(p46)
〔 こうした記憶と映像のすり合わせを継続してきた賜物が、斜め上からの視点なのだろう。〕

●バルセロナ(p26)
 試合観戦をさらに堪能するために、テレビで伝わりにくい事情を想像する。
 「僕の好きなバルサの試合だって、もっと楽しめます。バルサの対戦相手はピッチに水を撒かないし、そもそも芝生をカットしないで長いままにしておきます。そうやって、パスサッカーを少しでも封じようとするわけです。バルサが何となくやりにくそうに映る試合ってありますよね。それでも勝ってしまうのが、バルサのすごいところですけど(笑)」

●サッカーの構造(p155)
 オランダサッカー協会は、サッカーをシンプルに理解するために、その構造を明示している。「チームファンクション」「チームタスク」「チームオーガニゼーション」という組織的な構成要素に、個人レベルの「サッカーのアクション」を加えて完全なサッカーとなる。
◆チームファンクション
 サッカーにおけるプレーの目的を4つに大別。
 ① 攻撃
 ② 守備
 ③ 攻撃から守備への切り替え
 ④ 守備から攻撃への切り替え
◆チームタスク
 チームファンクションを具体的な行動に分ける。
 《攻撃的タスク》
  ① ビルドアップ:ゴールキックまたはGKからのパスから、シュートチャンスを作るまで
  ② 得点をする
 《守備的タスク》
  ③ 敵のビルドアップの妨害
  ④ 失点を防ぐ
 ゲーム分析は、どのチームファンクション、どのチームタスクを実行中かのチェックから始まる。
◆チームオーガニゼーション
 チームファンクションとチームタスクを実践するために使う、システムやフォーメーション。選手のポジションとタスクを明確にするための手段。
 オランダにおける基本のチームオーガニゼーションは三つ。1-4-3-3、1-4-4-2、1-5-3-2。他はバリエーション。たとえば、アヤックスの1-3-4-3は、1-4-3-3の派生。センターバックの一人が中盤に上がった形。
◆サッカーのアクション
 オランダの指導現場では、数年前から、主観的なテクニックという言葉を使わなくなった。「サッカーのアクション」という言葉に置き換えて、より明確に細分化している。「攻撃のサッカーのテクニックはできている」「守備のサッカーのテクニックはまだまだ」という具合。
 メインアクション……目に見える人間のプレー動作。パス、シュート、ヘディング、ドリブル(以上オンザボールのプレー)、フリーランニング、プレッシング、マーキング、カバーリング(以上オフザボールの動き)、など。メインアクションは、①ポジション、②モーメント(タイミング)、③スピード、④方向、の四つの指標で分析。
 サポートアクション……目に見えない「判断」。状況をしっかり把握して適切なプレーを選択する能力、ゲームレベルで円滑なコミュニケーションを取れる能力、など。

(2016/9/28)

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サッカーGK(ゴールキーパー)の教科書
 [スポーツ]

サッカー GKの教科書 (PERFECT LESSON BOOK)

権田修一/監修
出版社名 : 実業之日本社(パーフェクトレッスンブック)
出版年月 : 2015年8月
ISBNコード : 978-4-408-45557-0
税込価格 : 1,728円
頁数・縦 : 187p・21cm


 サッカー日本代表の中堅ゴールキーパーによる、ゴールキーパーの教則本。テクニックの解説だけでなく、どんなゴールキーパーが本当に良いキーパーなのかということについて、丁寧に説いている。出版時点で26歳、まだ若いのにしっかりした考え方をもっている。楢崎(名古屋グランパスエイト)や西川(浦和レッズ)もそうだが、良いゴールキーパーとはある面、哲学者でなければならないのかもしれない。
 あとがきで、ゴールキーパーとして一番喜びを感じるのは、「チームが勝ったとき」と述べている。決して、ビッグセーブをしたときでも、コースを完全に読みきってPKを止めたときでもないという。負けたときには、「チームを勝たせるために、GKとしてできることはあったんじゃないかと思ってしまう」らしい。この責任感が、ゴールキーパーとしての最大の資質なのである。

【目次】
1 ポジショニング―ベストなポジションは常に変化する!
2 構え方―一番ゴールを守れるベストな構え方を見つけよう!
3 ステップワーク―いつでも、どこにでも動ける体勢でいよう!
4 シュートストップ―キャッチするのが最高のプレー!
5 クロスボール―クロスボールはGKが最も有利!
6 セットプレー―セットプレーではGKが“司令塔”になる!
7 スロー&フィード―GKは攻撃の起点にならないといけない!
8 ウォーミングアップ―試合を想定してアップをしよう!

【著者】
権田 修一 (ゴンダ シュウイチ)
 1989年3月3日生まれ、東京都世田谷区出身。小学生からサッカーを始める。FC東京U-15、FC東京U-18を経て、高校3年生だった2006年に第二種登録選手としてトップチームに帯同。2009シーズンより正GKとして活躍し、同年には当時のJリーグ記録となる16試合完封を達成した。U-15時代から各年代の日本代表に選ばれ、2009年にはアジアカップ最終予選イエメン戦でA代表に初招集され、代表デビューを果たす。2012年にはロンドンオリンピックに正GKとして出場し、日本のベスト4進出に貢献。2014年にはブラジルワールドカップの日本代表メンバーに選出された。

(2016/1/13)KG

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君は山口高志を見たか 伝説の剛速球投手
 [スポーツ]

君は山口高志を見たか 伝説の剛速球投手

鎮勝也/著
出版社名 : 講談社
出版年月 : 2014年10月
ISBNコード : 978-4-06-219260-6
税込価格 : 1,620円
頁数・縦 : 269p・20cm
 
 
■もっと見たかった
 広島カープがセリーグで初優勝し、私のプロ野球に対する関心がもっとも高かったころ、その男は彗星のように現れ、そして彗星のように消えていった。強烈なインパクトとともに。
 山口高志、1950年5月15日、兵庫県神戸市長田区宮川町生まれ。身長169cmの小柄ながら、時速160kmを超えていただろうと言われるほどの剛速球を投げ込んだ(当時、スピードガンは普及していなかった)。直球一本やりで常に真っ向勝負、歴代最速の呼び声高い名投手である。
 プロ8年間で、投球回数787回、自責点278、防御率3.18、奪三振600、50勝43敗44セーブだった。そのほとんど、47勝35セーブを、引退の原因となった腰痛を発症する前の4年間で稼いでいる。太く短く……。はかない栄光であった、と思う。しかし、その後も阪急/オリックスのコーチやスカウトとして、そして、65歳となった現在も阪神タイガースの投手コーチとして球界に籍を置いている。短かった現役を引退した後も、野球一筋の人生を全うしていると言ってよいだろう。
 1995年にヤクルトからオリックスに移籍し、50登板でリーグ制覇に貢献したリリーフ投手の鈴木平はこう語る。
 「みんな楽しいブルペンを失いたくなかった。だから頑張ったんです」(p.237)
 ブルペン担当の投手コーチとして、選手から慕われていた様子が伺えるエピソードだ。
 大学時代には、野手のトンネルに対して「俺がバットに当てさせたのが悪かった」と言い放ち、エラーを責めることはなかったという。現役時代も、仲間や監督から信頼されていた。
 阪神でスカウトやっていた時の同僚、菊地敏幸は評する。
 「タカシとは同じ五〇年生まれだけど、早生まれで二ヵ月だけ先輩の自分を立ててくれる。スーパースターは普通何か欠けているところがあるが、あいつはいつも自然体だった」(p.255)
 こんな「スーパースター」がいたんだ! 伝説の名投手、山口高志の偉業とすばらしい人間性を知ることのできる1冊である。

【目次】
1 衝撃
2 プロ入り拒否
3 誕生
4 葛藤
5 プロの壁
6 最盛期
7 阪急の悲願
8 引退
9 継承

【著者】
鎮 勝也 (シズメ カツヤ)
 1966年(昭和41)年生まれ。大阪府吹田市出身。スポーツライター。大阪府立摂津高校、立命館大学産業社会学部を卒業。デイリースポーツ、スポーツニッポン新聞社で整理、取材記者を経験する。スポーツ紙記者時代は主にアマ、プロ野球とラグビーを担当。野球は久保康生、薮恵壹、山田正雄各氏、ラグビーは坂田好弘氏に師事する。

【抜書】
●トンネル(p65)
 関西大学時代の達摩(だるま)省一監督の弁。「タカシがわしにかみついたことは一切あらへん。バックがスカタン(エラー)しても顔に出さん。野手のトンネルに『俺がバットに当てさせたのが悪かった』と言うとった。そんなセリフ、今まで聞いたことがない。みんなが信頼しとった。すごい奴やった」

(2015/7/12)KG

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通訳日記 ザックジャパン1397日の記録
 [スポーツ]

通訳日記 ザックジャパン1397日の記録 (Sports Graphic Number PLUS)
矢野大輔/著
出版社名 : 文藝春秋(Number PLUS)
出版年月 : 2014年11月
ISBNコード : 978-4-16-008204-5
税込価格 : 1,620円
頁数・縦 : 413p・19cm

 
■敗因
 あらためてザック・ジャパンはいいチームだったんだなあ、と思う。W杯で結果が出なかったのは、主力の本田、香川、長谷部が自分のチームでコンスタントに試合に出ていなかったことが大きいと私は考えている。チームとしてのコンセプトがずれてきたとか、3‐4‐3にこだわりすぎて選手と監督との間に隙間が生まれたとか言われていたけど、そんなことは、本書を読む限り感じれらなかった。チームの団結と、選手間、選手・監督間の強い信頼関係が伝わってくる。
 一つ疑問に思っていたこと、それは、なぜ遠藤がフル出場しなかったのか、ということだった。長谷部の体調が不十分だったにもかかわらず、である。答えは、山口蛍の成長と、青山の台頭にあった。ザッケローニは、蛍を絶賛する。現に、MF(ボランチ)の中で出場時間がもっとも多く、しかもフル出場2試合は蛍だけだった。
 また、青山については、“遠藤の後継者”が「ようやく見つかった」(p363)と言わしめている。しかし、チームを背負う存在に育てるには、ちょっと時間が足りなかったようだ。
 長谷部の負傷があったとはいえ、最後の最後で不動のボランチ2枚に手を入れざるを得なかったことも敗因の一つだったのではなかろうか。

【目次】
1 ザックジャパン誕生―2010~2012
 日本代表通訳就任「日本に戻る準備はできたか?」
 ザックジャパン始動「初陣アルゼンチン戦の金星」
 アジア杯優勝「このチームの伸びしろは計り知れない」
 東日本大震災とチャリティーマッチ「日本は止まることを知らない国」
 W杯アジア3次予選突破「目標に向けての第一歩に過ぎない」
 W杯アジア最終予選「今のままでは強豪に太刀打ちできない」

2 世界との距離を詰める―2012~2013
 欧州遠征vs.フランス&ブラジル「真の強者と戦うことで実力がわかる」
 ブラジルW杯出場決定「我々のサッカーをすれば何も問題ない」
 コンフェデレーションズ杯「世界との差をこの1年間で詰める」
 東アジア杯と新戦力台頭「できない選手に『やれ』とは言わない」
 東欧遠征vs.セルビア&ベラルーシ「ミンスクの夜のHHEミーティング」
 欧州遠征vs.オランダ&ベルギー「勝つべくして勝った試合だった」

3 W杯で世界を驚かせるために―2014
 W杯代表メンバー選考「発表前夜にかけた主将への電話」
 指宿合宿&アメリカ合宿「ハセはチームにとって大切すぎるんだ」
 ブラジルW杯「我々のサッカーを全員で信じてやろう」

【著者】
矢野 大輔 (ヤノ ダイスケ)
 1980年7月19日、東京都生まれ。15歳でイタリアに渡りトリノの下部組織でプレー。22歳でトリノのスポーツマネジメント会社に就職。デル・ピエロを始めとするトップアスリートのマネジメントや企業の商談通訳やコーディネイトに従事する。2006年から2008年にトリノに所属した大黒将志の通訳となる。2010年9月、ザッケローニ日本代表監督就任に伴いチーム通訳に。ブラジルW杯終了後、監督の退任とともに代表チームを離れた。

(2015/4/14)

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マラソンと日本人
 [スポーツ]

マラソンと日本人 (朝日選書)
 
武田薫/著
出版社名 : 朝日新聞出版(朝日選書 923)
出版年月 : 2014年8月
ISBNコード : 978-4-02-263023-0
税込価格 : 1,728円
頁数・縦 : 313, 19P・19cm


 ランナーに的を絞り、日本人とマラソンの歴史をまとめた好著。

【目次】
走り出した日本人
金栗四三―学生の大志と箱根駅伝
孫基禎―「内鮮一体」の表裏
“ボストンマラソン”と戦後復興
円谷幸吉と東京オリンピック
祭りのあとの空白―ポスト君原健二
瀬古利彦の栄光と挫折
中山竹通のたった独りの反乱
女子マラソンと夏のメダル
ケニア参入と日本の内向化
川内優輝―鈍足のエリートと“東京マラソン”

【著者】
武田 薫 (タケダ カオル)
 1950年宮城県生まれ。スポーツライター。東京外国語大学卒業後、報知新聞記者を経て85年からフリーに。マラソン、テニス、野球などを中心に取材。

【抜書】
●金栗四三(p25)
金栗四三(かなくりしぞう)、1891年8月20日、熊本県玉名郡春富村中林(現・和水〈なごみ〉町)生まれ。
 1912年、第5回オリンピック・ストックホルム大会に日本人初のマラソン参加。途中棄権。
 1920年アントワープ、1924年パリにも参加(16年ベルリンは中止)。

●孫基禎(p68)
 孫基禎(ソンギジョン)、養正高等普通学校出身。養正高普、内地の旧制中学校にあたる。
 1912(大正元)年8月29日、北朝鮮と中国の国境を流れる鴨緑江の町、新義州出身。4人兄弟の末っ子、貧しい雑貨商の生まれ。
 働きながら小学校を卒業したのが15歳。養正高普に入学したのは19歳。卒業後、長野県松本市で4カ月の丁稚奉公も経験。
 ベルリン・オリンピック(1936年)のマラソンで優勝。2時間29分19秒。南昇龍が3位。
 表彰台で二人はうつむいていた。孫は、オリンピックの表彰式で国旗が掲揚され、国歌が演奏されることを知らなかった。

●箱根駅伝(p98)
 戦前戦中、6度の「箱根」駅伝中止。
 1940年の第21回大会、陸軍による中止命令。東海道の軍事利用のため。
 1941年は、「東京-青梅間大学専門学校学徒鍛錬継走大会」として実施。8区間107km、12校参加。
 1942年は、41年11月30日に東京-青梅間で繰り上げ開催。12月8日、真珠湾攻撃。
 1943年、第22回箱根駅伝は、「紀元二千六百三年靖国神社・箱根神社往復 関東学徒鍛錬継走大会」と銘打つことで軍当局の開催許可を得る。
 1944年から46年まで中止。
 2回の東京-青梅間の駅伝は、箱根駅伝の大会数に数えられていない。

●福岡国際マラソン(p177)
 1947年、「金栗賞朝日マラソン」として熊本市でスタート。
 その後、高松市、静岡市、広島市などを転々とし、1954年、第8回からオリンピックやボストンマラソンの上位選手を招待し、国内初の国際大会として生まれ変わる。鎌倉市で開催。
 第9回から「朝日国際マラソン」と名称変更。
 第13回大会から、福岡市の平和台競技場を発着するコースに定着。
 63年のみ、プレオリンピックとして東京で開催。
 ボストン、ウィンザー(英国)、コシチ(チェコ)とともに「世界四大マラソン」と呼ばれ、高いレベルを誇るようになる。
 
●蝦夷ウコギ(p207)
 ロサンゼルス五輪直前、瀬古は村尾慎悦マネージャーと日本に居残って練習。北海道合宿中、血尿が出たので疲労回復のために漢方薬の蝦夷ウコギを服用。
 IOCがドーピングに厳しくなったので、ロスの中村清から電話が入る。東京に戻って違反薬物でないか検査するが、専門家がおらず、分からずじまい。不安を抱えたまま、渡米、マラソンに参加。結果は惨敗。

●女子マラソン(p243)
 女子マラソンの歴史はボストンマラソンに始まる。
 1966年の大会に、23歳のボビー・ギップがエントリーしたが、規定に従い門前払い。ただし、ボストン体育協会は、混雑に紛れてスタートすることを黙認。3時間21分40秒で完走。
 1967年には、キャスリン・スイッツァーという女子大生が性別を伏せてエントリー、「公式参加」。途中で気付いた体協役員がゼッケンをむしり取ろうとしたが、キャスリンの男性同僚が体当たりして阻止、そのまま4時間20分前後でゴールしたが、正式記録には残っていない。同大会でギップは再び非公認で参加、3時間27分17秒。
 その後、72年から公式に女性に門戸開放、66年のギップの記録を公認。

【参考文献】
 青山一郎『栄光と孤独のかなたへ――円谷幸吉物語』ベースボール・マガジン社、1980年

(2014/11/23)KG

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スポーツ遺伝子は勝者を決めるか? アスリートの科学
 [スポーツ]

スポーツ遺伝子は勝者を決めるか?: アスリートの科学

デイヴィッド・エプスタイン/著 福典之/監修 川又政治/訳
出版社名 : 早川書房
出版年月 : 2014年9月
ISBNコード : 978-4-15-209477-3
税込価格 : 2,268円
頁数・縦 : 445p・19cm


 スポーツにおいて勝利者を生むのは遺伝か訓練か。この難問の解明に挑んだ研究の成果を縦横に紹介する。
 著者の信念は、自分に合ったスポーツを見つけるための方法を、遺伝学と生理学の成果を取り入れた科学的な方法によって自分に合ったスポーツを見つけだし、より多くのアスリートたちが自分の可能性を追求できるようにすることだという(p.384)。それは、国際大会で上位を目指すトップレベルの選手にとっては必要なことかもしれない。
 しかし、一般の人にとっては、自分の適性に合ったスポーツを見つけて自分の特性に合ったトレーニングを積むことより、自分が楽しいと思えるスポーツと出会い、それを続けることのほうが重要ではないかと思う。庶民にとっては、スポーツとは楽しむものであるべきだ。

【目次】
スポーツ遺伝子を探して
メジャーリーグ選手が女子ソフトボール選手に完敗―遺伝子によらない専門技能獲得モデル
二人の走り高跳び選手―(一万時間プラスマイナス一万時間)
メジャーリーグ選手の視力と天才少年・少女アスリート―ハードウェアとソフトウェアのパラダイム
男にも乳首があるのはなぜ?
トレーニングで伸びる選手の資質
スーパーベビー、ブリーウィペット、筋肉のトレーニング効果
体型のビッグバン
ウィトルウィウス的NBA選手
人間はみな黒人(とも言える)―人類の遺伝的多様性
ジャマイカ・スプリンターの「戦士・奴隷説」
マラリアと筋繊維
ケニアのカレンジン族は誰でも速く走るのか?
世界で最も思いがけない(高地にある)才能のふるい
そり犬、ウルトラランナー、怠け者の遺伝子
不運な遺伝子―死、けが、痛み
金メダルへの遺伝子変異
完璧なるアスリート

【著者】
エプスタイン,デイヴィッド (Epstein, David)
 アメリカのジャーナリスト。ネットメディア“プロパブリカ”記者。“スポーツ・イラストレイテッド”誌のシニア・ライター。同誌ではスポーツ科学、医学、オリンピック競技などの分野を担当し、調査報道で注目を集める。記事の受賞歴も多い。コロンビア大学大学院修士課程修了(環境科学、ジャーナリズム)。学生時代は800メートル走の大学代表選手として活躍した。

福 典之 (フク ノリユキ)
 順天堂大学スポーツ健康科学部准教授(医学博士)。名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了。専攻はスポーツ生理・生化学で、国際スポーツ科学誌にスポーツと遺伝について多くの論文を寄稿している。国立健康・栄養研究所特別研究員、東京都健康長寿医療センター研究所研究員を経て現職。ほかに、英国グラスゴー大学心血管医科学研究所客員研究員なども務める。ヤニス・ピツラディス教授らとともに、スポーツパフォーマンスを規定する遺伝要因の解明のための国際共同研究を行なっている。

川又 政治 (カワマタ マサハル)
 翻訳家。諸分野における書籍・文献の翻訳を手がける。名古屋大学工学部電気電子工学科卒、カリフォルニア大学ロサンゼルス校大学院にて理学修士(MS)を取得。

【抜書】
●無意識の領域(p35)
〔 打撃にせよ、投球にせよ、車の運転にせよ、習得技術を行動に移すときの脳の活動領域は、練習を重ねるにつれて、前頭葉にある意識の領域から、自動的な処理を司る原始的な領域、つまり「無意識に」体を動かす技能の領域へと徐々にシフトしていく。〕

●1万時間の法則(p37)
 1993年、K・アンダーズ・エリクソン(フロリダ州立大学)ら3人の心理学者がベルリン西部の音楽学院で調査。世界的なバイオリニストを輩出している学校。
 30人の生徒全員を「最優秀」(世界的なソリストになる素質)、「優秀」(交響楽団の一員としてやっていける)、「優秀でない」(将来は音楽の教師)の10人ずつ3グループに分けて調査。
 30人とも、8歳前後に体系的なレッスンを受け始め、15歳前後に音楽家になることを志す。全員が週50.6時間をバイオリンの練習に費やしていた。
 上位2グループは、単独練習に週24.3時間。「優秀でない」グループは週9.3時間。
 上位2グループは、平均睡眠時間週60時間。「優秀でない」グループは週54.6時間。
 「最優秀」グループは、18歳までに平均7410時間を単独練習に費やす。「優秀」5301時間、「優秀でない」3420時間。
 「各グループの技術レベルと、バイオリンの練習時間の累計値は完全に対応する」。
 ピアニストの練習時間も同様だった。どんな楽器であろうと、トップレベルの演奏家たちは20歳までに1万時間の練習を積み重ねている。さらに「計画的練習」(ぎりぎりの負担を強いられるきつい練習)に多くの時間を割いている。

●マタイ効果(p61)
 「持てる者はさらに与えられて富み栄え、持たざる者はその持てるものさえも取り上げられるであろう」(「マタイによる福音書」の一節)。
 トレーニングが始まった時にうまくできた者は、出だしが遅かった者に比べて、トレーニングが進むにつれて早く上達する。

●視力2.5(p66)
 人間の視力の限界……2.5。目の光受容細胞や錐体細胞の形状と大きさから推計。
 人間の最高視力は、黄斑(網膜にある楕円形の小さなくぼみ)の中にある錐体細胞の密度で決まる。1平方mmあたり10万~32万4000。
 メジャーリーグ、マイナーリーグ387人の平均視力は1.5。メジャーリーグ打者の平均は、右眼1.8、左眼1.7。奥行感覚の検査でも、58%が「優秀」。一般の対照群では18%。

●スピード定常状態(p81)
 短距離走において、早い時期に過酷で特化した練習を行うと、スピードの養成が阻害されることがある。⇒ スピード定常(頭打ち)状態
 早い時期のトレーニングによって、一定のスピードとランニングリズムが体に定着してしまうから。
 「あまりにも早い時期に、あるスポーツに特化した練習ばかり行なうと、基礎運動能力の発達を阻害し、スピード定常状態に陥りやすい」(国際陸上競技連盟の報告書)。

●cgsスポーツ(p82)
 センチメートル(c)、グラム(g)、秒(s)で結果を測定できるスポーツ。サイクリング、陸上競技、セーリング、競泳、スキー、ウエイトリフティング、など。

●ド・ラ・シャペル症候群(p89)
 フィンランドの遺伝学者アルバート・ド・ラ・シャペル。
 ド・ラ・シャペル症候群……両親のX染色体とY染色体が遺伝子情報を交換する時に、両者が本来あるべき位置に整列できず、Y染色体の先端にある遺伝子が分離してX染色体に付着する。XX染色体を持ちながら男性になる。
 マリア・ホセ・マルティネス=パティーニョ、スペインのハードル選手。XY染色体をもちながら、女性として成長。陰唇の奥に精巣があり、子宮も卵巣もない。精巣から男性と同等レベルのテストステロンを分泌していながら、アンドロゲン不応症のために身体がテストステロンに反応せず、男性性器が形成されなかった。

●マルファン症候群(p182)
 レオナルド・ダ・ビンチのウィトルウィウス的人体図では、身長とアームスパンが等しくなっている。
 NBA選手のアームスパン対身長比の平均は1.063。医学的には、1.05より大きいとマルファン症候群を診断する際の一つの基準となる。
 マルファン症候群……体の結合組織の疾患。手足が長くなってしまう。

●アレンの法則(p189)
 1877年、アメリカの動物学者、ジョエル・アサフ・アレン。赤道に近付くにつれて動物の四肢や尻尾などの突出部が長く細くなる。

●マラリア(p236)
 2006年、エロール・モリソンとパトリック・クーパー。「アフリカ西海岸でマラリアが蔓延したために、スプリント系およびパワー系スポーツに適した遺伝的変異と代謝変質が起きた。」
 マラリアから身を守るために個体の有酸素エネルギー産生能力を低下させる遺伝子が発達した。そのため、エネルギー産生における酸素依存度の低い速筋線維を増やすことになった。
 鎌状赤血球形質……酸素が欠乏すると円盤状の赤血球が鎌状に変形し、激しい運動をすると体内の血流に支障をきたす。
 鎌状赤血球形質を引き起こす遺伝子変異は、西アフリカや中央アフリカに住み、サハラ砂漠以南に直近の祖先をもつ人に多い。トップレベルの中長距離の選手には、この遺伝子を持つ人はいない。

●カレンジン族(p253)
 中長距離種目やマラソンで上位を独占するケニアのランナーは、そのほとんどがカレンジン族。
 カレンジン族……人口490万人。スーダン南部から移住。ケニアの総人口の約12%。
 牛の略奪が正当化されている。近隣の部族の土地に侵入し、牛の群れを囲い込み、できる限りすばやくカレンジン族の部落に連れ帰る。長距離競技の資質を育てた?

●ナイロート型(p264)
 ナイロート型……ナイロートは、ナイル川流域に住む、近縁のエスニックグループのこと。細長い身体、狭い腰幅、細長い手足をもつ。対照的なのは、エスキモー型体型。長距離の種目に有利な体型。ランニングエコノミーが高くなる。
 カレンジン族もナイロート系民族のひとつ。
 東アフリカの各地で長距離ランナーの才能を輩出する部族が存在する。エチオピアのオロモ族、ウガンダのセベイ族。

●高地への適応(p280)
 (1)ボリビア先住民……標高4000m以上に住む。酸素を運搬するヘモグロビンの量が多く、酸素飽和度(ヘモグロビンが運ぶ酸素の量)が低い。ヘモグロビン分子が酸素を載せない状態で体内を駆け巡っている。乗客をほとんど乗せないジェットコースターが走っている状態。血液中に多くのヘモグロビンを保有することにより、血液の粘度が高くなり、血液循環が悪くなる。慢性的な高山病。
 (2)チベット人とネパールのシェルパ族……ヘモグロビン値は海抜ゼロ地帯に住む人間とほぼ同等。酸素飽和度は低い。ジェットコースターの車両も乗客も少ない状態。EPAS1遺伝子の特殊な型をもつ。酸素量を感知して赤血球の産生を調節。血液濃度が人体に危険なほど高くならない。血液中に一酸化窒素をもつ。一酸化窒素が出す信号によって肺の中の血管が弛緩し、血流が促進される。肺を通る血液量を増やすことによって高地に適応。定常的な過呼吸状態。「低地の人間より多くのエネルギーを呼吸に消費している」。
 (3)アムハラ族(エチオピア)……リフトバレーの標高3500mに何千年も前から住む。ヘモグロビン量、酸素飽和度ともに海抜ゼロ地帯に住む人間と同等。小さな肺胞から血液中へと、極めてすばやく酸素を移している。
 牧畜民のオロモ族が低地から高地に移ったのは500年ほど前。ヘモグロビン値は、アムハラ族よりも1グラム以上高かった。アンデスの人々(ボリビア先住民)も、高地に住み始めてからの時間があまりたっていないので、高いヘモグロビン値を示した。

●APoE遺伝子(p333)
 APoE(アポリポタンパク質E)遺伝子には、APoE2、APoE3、APoE4の変異体がある。
 APoE4型を一つ持っていると、アルツハイマー病発症のリスクが3倍に、二つ持っていると8倍に増加する。
 APoE4型遺伝子の保有者は、脳が損傷を受けると溢れ出すアミロイドと呼ばれるタンパク質を脳から除去するのに時間がかかる。
 APoE4型遺伝子を保有しているアスリートが頭部に衝撃を受けると、回復のための時間が長くなり、中年期以降に認知症を発症するリスクが高い。

●サラブレッド(p377)
 サラブレッドが持つ遺伝子の半分以上が、わずか4頭の馬に辿り着く。
 ゴドルフィンアラビアン、ダーレーアラビアン、バイアリーターク、カーウェンベイバルブ。
 17世紀後期から18世紀初頭にかけて北アフリカと中近東からイギリスに輸送された。

(2014/11/9)KG

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ネイマール 父の教え、僕の生きかた
 [スポーツ]

ネイマール: 父の教え、僕の生きかた (一般書)

ネイマール/著 ネイマール・ジュニア/著 マウロ・ベティング/著 イヴァン・モレー/著 竹澤哲/訳
出版社名 : 徳間書店
出版年月 : 2014年3月
ISBNコード : 978-4-19-863778-1
税込価格 : 1,944円
頁数・縦 : 267p 図版16枚・19cm

 セレソンの10番、ブラジル代表の若きエース、ネイマールの生き方、考え方を本人と父親が語る。

【目次】
第1章 ブラジルに生まれて
 生まれてきてくれた息子へ
 育ててくれた父さんへ
  ほか
第2章 あこがれのサントスFCで
 永遠なるサントスFC
 13歳の息子に届いたレアル・マドリードからの招待状
  ほか
第3章 スターへの道
 名声を得た者が支払わされる「有名税」というもの
 密着マークを受けるということ
  ほか
第4章 バルセロナへの階段
 FCバルセロナから受けた一つの授業
 クラブ創立100周年の年に、通算100得点を記録
  ほか
第5章 ブラジルW杯とリオ五輪
 FCバルセロナにやってきたのは間違いじゃなかった
 神がブラジルに微笑んだコンフェデレーションズカップ2013
  ほか

【著者】
ネイマール (Neymar)
 本名=ネイマール・ダ・シウヴァ・サントス(Neymar da Silva Santos)。1965年2月7日生まれ。ブラジル、サンパウロ州サントス出身。幼い時よりサッカーを始め、プロ選手として国内の下部リーグのチームで活躍し、32歳で現役を引退。引退後は、様々な仕事をしながら、ネイマール・ジュニアを育て上げる。現在はNRスポーツ社のオーナーとして、息子の活躍を支えている。

ネイマール・ジュニア (Neymar J’unior)
 本名=ネイマール・ダ・シウヴァ・サントス・ジュニオール(Neymar da Silva Santos J’unior)。1992年2月5日生まれ。ブラジル、サンパウロ州モジ・ダス・クルーゼス出身。175cm/65kg。FW。サッカー選手だった父親の影響を受け、6歳からフットサルを開始。2003年、11歳の時にサントスFCの下部組織に入団し、16歳でプロ契約。09年、17歳でトップチームデビューを果たすと、10年にはサンパウロ州選手権、11年にはコパ・リベルタドーレス杯を制して大会MVPに輝く。13年5月にFCバルセロナへ移籍。

ベティング,マウロ (Beting, Mauro)
スポーツジャーナリスト。

モレー,イヴァン (Mor’e, Ivan)
 ジャーナリスト。

竹澤 哲 (タケザワ サトシ)
 上智大学外国語学部ポルトガル語学科卒業後、ポルトガルとスペインに8年間滞在。帰国後、通訳、翻訳の仕事を経てスポーツ・ジャーナリストに。南米、欧州サッカーをテーマに多数寄稿。

(2014/4/20)KG

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